悪魔が悪魔でなくなった20年、市場という新たな悪魔の登場 『プラダを着た悪魔2』【小説家・榎本憲男の炉前散語】

悪魔が悪魔でなくなった20年、市場という新たな悪魔の登場 『プラダを着た悪魔2』【小説家・榎本憲男の炉前散語】

「ランウェイ」とその「伝統」の救済に奔走するアンディ

さて、こうしてアンディの“欲しいもの”(want/need)はミランダと「ランウェイ」を救済することになりました。それは自分の成長という前作の個人的な課題と比べると、はるかに巨大なもので、タスクの困難は極度に上がってしまいました。“欲しいもの”の質と難度が第一作と二作目では決定的にちがうのです。

また、アンディの、そしてこの作品全体の方向性が極めて保守的であることにも注意を促しておきたいと思います。「伝統」という言葉がなんども口にされます。「ランウェイ」の伝統は守らなければならないとアンディは主張する。しかし、社会というのは変化するものです。なにもかもが昔と同じというわけにはいきません。淘汰されるものは当然出てきますし、そうあるべきです。たとえば、働く者の環境は改善されたほうがよいでしょう。その意味で、ミランダのかつての悪魔ぶりを安易に懐かしむことは慎むべきです。しかし、それでもアンディは、ミランダや「ランウェイ」が永遠であることを願う。消えても仕方のない(消えるべき)因習と守るべき伝統の間には決定的なちがいがある、ということです。

トップファッション誌「ランウェイ」の編集長として、業界を牽引してきたミランダ
トップファッション誌「ランウェイ」の編集長として、業界を牽引してきたミランダ『プラダを着た悪魔』ディズニープラスで配信中 [c] 2006 Twentieth Century Fox Film Corporation. All rights reserved.

オーナーの突然の死と新オーナーの方針によって、伝統はさらに軽んじられ、市場重視の傾向がさらに強まります。一方、ブランドの重役におさまったエミリーは市場の力を梃子に、ミランダの地位を奪い、編集長として「ランウェイ」に返り咲こうとします。ミランダはもう古い、「ランウェイ」の編集長の椅子は若く才能のある自分にこそふさわしい、というのがエミリーの言い分です。

これについて、アンディはミランダと旧体制の「ランウェイ」側につき、この伝統を守ろうと、起死回生の策を講じます。では、新旧交代はどのようなケースで祝福されるものになるのでしょう? この問いを立てたときに考慮に入れるべきなのは、やはり市場です。市場によって変化がもたらされることがあるにしても、それでもなお消えてはならないものがある、それをこの作品では「伝統」と呼んでいるのです。

「ランウェイ」の再起を懸け、アンディは超大物の取材を取り付ける
「ランウェイ」の再起を懸け、アンディは超大物の取材を取り付ける『プラダを着た悪魔2』2026年5月1日(金)日米同時公開 [C] 2026 20th Century Studios. All Rights Reserved.

ファッションは交換か、それとも贈与か?

ファッションはまさしく市場です。ジャン・ボードリヤールは「消費社会の神話と構造」で、ファッションを記号の消費として分析しました。人々がファッションに求めているのは服の使用価値ではなく、記号としての価値、つまり“差異”です。服に機能だけを求めるなら、その機能が満たされれば需要は止まります。しかしファッションは違う。差異を生みだし、その差異を欲望させ、際限なく需要を喚起し続けることができる。理想的な商行為と見なすこともできるのです。
 
しかし、ボードリヤールが分析したのはファッション産業・消費としてのファッションであり、着飾るという行為そのものではありません。では、ここで、産業としてのファッションと人間の行為としてのファッションを区別して、なかば強引に、「ファッションは贈与である」という説を立ててみたいと思います。市場原理は等価交換を基盤としていますが、贈与は一方的に与えることで社会を動かします。そういう力がファッションにはある、と言いたいのです。

ミランダのもとで「ランウェイ」に尽くしてきたナイジェルは今度こそ報われるのか?
ミランダのもとで「ランウェイ」に尽くしてきたナイジェルは今度こそ報われるのか?『プラダを着た悪魔2』2026年5月1日(金)日米同時公開 [C] 2026 20th Century Studios. All Rights Reserved.

着飾ることは美の追求です。そして、それを遂行する人がその美を享受できるのは、鏡に己の姿を映したときくらいでしょう。その美のほとんどは着る人ではなく、それを見る人に与えられる。つまり贈与です。そして、ファッション界をリードする「ランウェイ」は、美という贈与のナビゲーター、もっと言えばアジテーター(煽動者)だといえないでしょうか。

「ランウェイ」は「これこそが美だ」という価値判断を社会に流通させる機能を担っています。その価値判断は市場から完全に独立しているわけではありませんが、100%市場に還元できるものでもありません。美の基準を設定するという行為には、市場論理を超えた権威・審美的判断・文化的影響力が必要だからで、それを体現しているのがミランダなのです。

市場は需要に応答しますが、ファッション誌はまだない需要を創造したりもします。これは市場原理の外側から市場を動かすという逆説的な役割です。ミランダはまさにこのポジションにいます。彼女は市場に従うのではなく、美の基準を告げる。彼女の声が市場を動かす。これは贈与論的な権威の行使であり、市場原理主義とは異なる論理がそこにあるのです。


市場を動かし、需要を生み出す。かつてのミランダにはそれほどの影響力があった
市場を動かし、需要を生み出す。かつてのミランダにはそれほどの影響力があった『プラダを着た悪魔』ディズニープラスで配信中 [c] 2006 Twentieth Century Fox Film Corporation. All rights reserved.

ミランダはこの自分の役割を確信しています。このことがもっとも露わになるのが、自分を追い落とそうとするエミリーに向かって言う、「あなたには無理よ」「あなたは小売業よ」という台詞です。これは、2026年の社会の風潮に合わせて、悪魔ぶりを隠していたミランダが抜いた伝家の宝刀です。彼女の傲慢がここでまばゆいばかりに光り輝く。そしてこれは、極めて問題含みの発言でもあります。

■榎本憲男 プロフィール
1959年生まれ、和歌山県出身。小説家、映画監督、脚本家、元銀座テアトル西友・テアトル新宿支配人。2011年に小説家、映画監督としてデビュー。近著には、「アガラ」(朝日新聞出版)、「サイケデリック・マウンテン」(早川書房)、「エアー3.0」(小学館)などがある。「エアー2.0」では、第18回大藪春彦賞の候補に選ばれた。映画『カメラを止めるな!』(17)では、シナリオ指導として作品に携わっている。


小説家・榎本憲男の炉前散語

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