『プロジェクト・ヘイル・メアリー』にみる異例な構造。ジャンルを導入しつつズラすという古くて新しい技【小説家・榎本憲男の炉前散語】

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』にみる異例な構造。ジャンルを導入しつつズラすという古くて新しい技【小説家・榎本憲男の炉前散語】

小説家で、映画監督の榎本憲男。銀座テアトル西友(のちに銀座テアトルシネマ)や、テアトル新宿の支配人など、映画館勤務からキャリアをスタートさせた榎本が、ストーリーを軸に、旧作から新作まで映画について様々な角度から読者に問いかけていく「小説家・榎本憲男の炉前散語」。第13回は、世界興収5億ドル突破というヒットを記録している、ライアン・ゴズリング主演のSF映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー』(公開中)に焦点を当て、そのイレギュラーな物語の構造を紐解いていきます。

『オデッセイ』(15)の原作者アンディ・ウィアーによる同名小説を映画化した『プロジェクト・ヘイル・メアリー』
『オデッセイ』(15)の原作者アンディ・ウィアーによる同名小説を映画化した『プロジェクト・ヘイル・メアリー』

※本記事は、『プロジェクト・ヘイル・メアリー』のネタバレ(ストーリーの核心に触れる記述)に該当する要素を含みます。未見の方はご注意ください。

ジャンルミックスになりやすい、SFというジャンル

まだ映画会社にサラリーマンとして勤務していた頃、経済産業省の主催で、オーストラリアからシナリオ分析官を招いて開催された講習会に参加したことがありました。テーマはジャンル映画。講師は、アメリカ映画とは基本的にはジャンル映画である、ジャンル映画にはお約束があり、ジャンル映画を作るならそのお約束はまっとうしなければならないと語った上で、ただ昨今はジャンルミックスという手法を取ることが主流になっている、ととりわけ強調していました。ジャンルミックスとは、文字通り、ジャンルとジャンルの掛け合わせです。今回お話しする『プロジェクト・ヘイル・メアリー』(フィル・ロード&クリス・ミラー監督)もそのひとつだと言えます。そう、SFはジャンルミックスになりやすいジャンルなのです。


SFというのは、とりわけ映画の場合、物語上のお約束がほとんどないに等しいジャンルなのです。SF映画が守らなければならないお約束は、SFらしい外見を整えること、それっぽいデザインを施すことにつきます。たとえば、宇宙、異空間、スペースシップ、ミクロ圏、人造人間、時空を操る装置、意志を持ったコンピュータなど。相対性理論や量子もつれや超弦理論は出てこなくてもいいけれど、いまのところ日常ではお目にかかれるはずのない(また科学的な発展が順調に進めば可能となるような)ヴィジョンを提示することが、『月世界旅行』(1902、ジョルジュ・メリエス監督)からのお約束なのです。

SF映画の原点ともいえるジョルジュ・メリエス監督の『月世界旅行』(1902)
SF映画の原点ともいえるジョルジュ・メリエス監督の『月世界旅行』(1902)[c]Everett Collection/AFLO

SFとしては異例な構造の『プロジェクト・ヘイル・メアリー』

その一方で、物語の構造はよそから拝借してくればよいということになっているらしい。
「スター・ウォーズ」のストーリーがアーサー王などの神話を参照していることは前にも述べました。『エターナル・サンシャイン』(04)は僕の解釈では『レディ・イヴ』(41)をSFっぽく焼き直したロマンチックコメディです。『ゼロ・グラビティ』(13、アルフォンソ・キュアロン監督)は遭難ものの構造を借りてきています。『運命を分けたザイル』(03、ケヴィン・マクドナルド監督)とそっくりですね。

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』の物語のタイプはさまざまに読み解けるでしょう。そして、よそから拝借したその型を絶妙に崩しているのが特徴です。まずは、主人公グレース(ゴズリング)が宇宙空間で異星人と出会うことから、ファーストコンタクトものと呼びたくなるのですが、『メッセージ』(16、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督)や『未知との遭遇』(77、スティーヴン・スピルバーグ監督)や『コンタクト』(97、ロバート・ゼメキス監督)などと比べるとそう呼ぶのに違和感を感じてしまいます。では、本作のSF的な意匠を取っぱらえば何が現れるのでしょう。それは、バディもののブロマンスではないでしょうか。そう僕が感じるのは、ファーストコンタクトものにしては、<知的レベルの設定>が妙だからです。基本的に、ファーストコンタクトものでは、地球人よりも宇宙人の知的レベルを高く設定します。異星人は人類を超越した、人類に啓示を与える存在として描かれ、そのような存在とコンタクトすることによって人類(主人公)に変容が起きる。ところが、『プロジェクト・ヘイル・メアリー』の主人公グレースが出会う異星人ロッキー(石のようだから)は相対性理論も放射線も知りません。そのくせ材料工学や観察眼には優れている。グレースは分子生物学の知識は豊富ですが、ロッキーのような超人的な計算能力や作業スピードはありません。この二人がタッグを組んで、自分の星を絶滅から救おうとするのです。SFとしてはかなり異例の構造です。

■榎本憲男 プロフィール
1959年生まれ、和歌山県出身。小説家、映画監督、脚本家、元銀座テアトル西友・テアトル新宿支配人。2011年に小説家、映画監督としてデビュー。近著には、「アガラ」(朝日新聞出版)、「サイケデリック・マウンテン」(早川書房)、「エアー3.0」(小学館)などがある。「エアー2.0」では、第18回大藪春彦賞の候補に選ばれた。映画『カメラを止めるな!』(17)では、シナリオ指導として作品に携わっている。


小説家・榎本憲男の炉前散語

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