「一度ドルビーで観たらもう戻れなくなる」樋口真嗣監督×音楽家・岩崎太整が語るドルビーシネマの真価
この3月、国内で11館目となるDolby Cinema(ドルビーシネマ)が導入されたTOHOシネマズ 大井町がオープン。これを記念して、4月21日に「ドルビーシネマ特別体験会」が開催された。従来の映像技術では再現しきれなかった驚異的なコントラストと圧倒的な明るさの表現により作品本来の映像表現を実感できるHDR技術「Dolby Vision(ドルビービジョン)」と、まるで映画の世界にいるかのような息をのむほどリアルなサウンドが360°駆け巡る立体音響システム「Dolby Atmos(ドルビーアトモス)」。この2つの特長が際立つ作品を厳選上映しながら、実際に作品を通じてドルビーシネマ、そしてドルビーの価値を体感できるプログラムとなった。
この体験会には、ドルビービジョンとドルビーアトモスを駆使したNetflix作品『新幹線大爆破』を手掛けた樋口真嗣監督と、音楽・サウンドスーパーバイザーを担当した作曲家の岩崎太整がスペシャルゲストとして参加。そこで長年にわたってコンビで活躍してきた2人に、作品づくりの裏側やドルビーシステムの魅力を語ってもらった。
「樋口監督は、“プリセットがない”人」(岩崎)
――お2人は15年近くお仕事をされてきましたね。
樋口「初めて会ったのは、ちょうど『のぼうの城』が終わったころですね。是枝(裕和)組の録音技師・冨田和彦さんが助手時代にこの作品に参加していて、岩崎さんは冨田さんの大学の同級生だったんです。
当時、岩崎さんはホームページをやられていて、覗いてみたらデヴィッド・フィンチャーの『ソーシャル・ネットワーク』の全楽曲を分析していて。『すげえ!』みたいな衝撃を受けました。歳も若いし、こういう人と組みたいなと思ったのが最初です」
岩崎「初めての仕事は『巨神兵東京に現わる』で、ほぼ同時にバンダイの映像レーベル『EMOTION』のムービングロゴのリニューアルにも誘っていただきました。モアイのオリジナルのロゴを、いまの感覚でアップデートするというものでした。樋口さんは“プリセットがない人”。音楽でも映像でも、ふつうは“こんな感じ”というプリセットからスタートしますが、樋口さんの仕事は前例がないのですべてをいちから考えなければなりません。どれも大変だけどすごく刺激的なんです」
樋口「すげえ面倒くさいやつという(笑)。岩崎さんとの仕事で特に印象深かったのは、その『巨神兵東京に現わる』ですね。北池袋のレコーディングスタジオを使ったんですが、48トラックのマルチレコーダーとかアナログの機材だらけ。そんな空間で音を探す作業をする姿に、思わず見入っちゃいました」
岩崎「あの作品は伝統的な特撮がモチーフだったので、最後の曲はどうしても当時のスタイルでやりたかったんです。それでアナログ時代のマイクを使い、アナログテープで録りました」
――“プリセットがない”とのことですが、毎回話し合いを重ねているのでしょうか?
樋口「そういうわけでもなく、毎回やり方も違うんですよ。『巨神兵東京に現わる』の時はテンプトラック(映像に仮の音楽を当てたサンプル)を渡したり、アニメ『ひそねとまそたん』ではそういうことは一切なく、感じるままに曲を書いてください、とお願いしました。できた曲を使って自分でステム(トラックをシーンごとにまとめたファイル)を編集して、こういう感じでいいですか?とやりとりしたり」
岩崎「おもしろかったのが『ひそねとまそたん』!樋口さんから散文詩を渡されたんです。作品の成り立ちなど説明的なことは一切なく、1話ごと短い詩が書いてあるだけ。本当にユニークなやり方で、最初に『これで』と言われた時は『…これで?』みたいな(笑)」
樋口「発注した側からすると、アルバム作ってくださいみたいな感じで」
岩崎「そうですね、宮崎駿監督と久石譲さんの『風の谷のナウシカ イメージアルバム 鳥の人』みたいなイメージアルバムですね。そんなこともあり特に思い入れの強い作品です」
――樋口監督はアナログ時代からドルビーシステムを使ってきましたね。
樋口「最初の『ガメラ 大怪獣空中決戦』はまだアナログの時代で、ドルビーSRでした。次の『ガメラ2 レギオン襲来』はレーザーディスクを出す時にドルビーデジタルでダビングし直して、『ガメラ3 邪神<イリス>覚醒』でやっと映画館もすべてドルビーデジタル。すべて違うアプローチでした。SRはとてもシビアで、ちょっとでも音がピークを超えるとやり直し。音が割れるどころか、スコーンと欠落しちゃうんです。だからミキサーさんは抑え気味になりますが、怪獣映画なので俺は音圧を上げたくて、ずっとその駆け引きをしてました。でも(本編監督の)金子修介さんは音楽がよく聞こえるように最終的に効果音を絞っちゃうから、やられたな…みたいな」
――そんな「平成ガメラ三部作」は2025年にHDRグレーディングをしてドルビーシネマで上映されました。
樋口「HDRはなんといっても暗部から輝度のピークまでの階調が豊か。あれは絶対ほかでは観られないという。むしろいままで暗くて見えなかったところが全部わかっちゃうんで、どうすんだ、バレるぞみたいな(笑)」
岩崎「もうバキバキに見えますからね」
樋口「去年の『新幹線大爆破』でもHDRを使いましたが、作業がけっこう大変なんです。でも最初にデモを見ていちばん驚いたのは、これまで見ていた黒が本当の黒じゃなかったという事実。『やられた!』と思いました」
