恋愛の非合理性、エンディング曲の意味、セリーヌ・ソンの手腕…ライター3名が『マテリアリスト 結婚の条件』を全方位から語り合う!
エンディング曲「My Baby (Got Nothing At All)」の意味と秀逸な日本語訳
竹島「音楽についてもお話しさせていただきたいのですが、僕はいいロマコメにはいい音楽が必要だと思っていて、『めぐり逢えたら』などのノーラ・エフロン監督もクラシックから(当時の)最新曲まで本当に選曲がよかった。ソン監督にもそういったセンスをすごく感じます。ジャパニーズ・ブレックファストの『My Baby (Got Nothing At All)』もめちゃくちゃ最高でした」
ANAIS「私もジャパニーズ・ブレックファストがすごく好きなので、エンディングで流れてきてアガりました!個人的には劇中使用されている曲の大半が歌詞をめちゃくちゃ意識した選曲だと思っています。エンドロールで流れる『My Baby (Got Nothing At All)』は、ずっと『私のベイビーはね』と主人公が自分の彼の話をしているのですが、途中の『Quit dreaming(夢見るのはやめなよ)』あたりから、You(誰か)に語りかける形で歌っていて、視点が変わるおもしろい曲です。その文脈で、曲の途中に『You're in love(あなたは恋をしている)』と歌う箇所があるのですが、そこが意図的に『“私は”恋をしている』と主語が変わって翻訳されていたのが印象的でした。そうすることでジョンを選んだルーシーの心情を表す曲として成り立っていると言いますか、“私は恋してる。疑いようもなく。この愛を手放しちゃダメ”と訳されることで、観客が抱くであろう『ルーシー、本当にジョンでよかったの?』という懸念に対して、「でもいいの、私恋しているから」というカウンターとして、成立できているのがすごいなと思いました。日本語字幕を担当された牧野琴子さんによる訳だと思うのですが、これまでも『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』や『異人たち』などを手掛けられていて、その翻訳された日本語がいつも美しく心に残ります」
稲垣「この映画、作曲家がダニエル・ペンバートンなんですよね。『スパイダーマン:スパイダーバース』シリーズや『プロジェクト・ヘイル・メアリー』、A24では『エディントンへようこそ』や『ドラマなふたり』と幅広く手掛けてきた作曲家です。これまでは鳴らすところで鳴らす、しっかりと盛り上げるイメージもありましたが、今回はとても繊細で、さりげなくて、そのさじ加減が絶妙。劇伴が空気作りに徹しているからこそ、そのぶん劇中歌が際立つ音の構造だと思いました」
恋愛にシビアな現代だからこそ語りたくなる!『マテリアリスト 結婚の条件』の魅力
竹島「改めて、『マテリアリスト 結婚の条件』がこれだけ注目される理由を考えてみたいのですが、いまの世の中は恋愛に対してシビアな判断をしないといけなくなっていて、たぶんロマコメというジャンルはオワコン化していると思うんです。そんな時代においてセリーヌ・ソンという監督が、すごく反逆的でリアリスティックで、それでいてありったけの“愛”が詰まった映画を作ってくれたことに意味がある。シンプルに役者、街、音楽が魅力的な作品はそれだけで価値がありますよね。私たち3人がこれだけ楽しく語り合える作品なんですから!」
ANAIS「いまの時代、結婚という選択は必ずしもメジャーではなくなってきていて。日本でも結婚率は下がっているし、お金がないからデートもしない。誰かと対面する機会が減るからこそ、だんだん“人”がわからなくなってきている感覚がすごくあります。そのなかで婚活アプリなど出会い方は様々だけど、誰かとデートをして、時間を共にすることで相手を知ろうとする。このプロセスは、恋愛はもちろん、コミュニケーションすべてにおいてすごく大事なんだということを思い出させてくれました」
稲垣「あえて言うと、本作の構造はベタなロマンティックコメディだと思うんです。主人公の女性と、それぞれ異なるタイプ男性2人がいて、『さあ、彼女はどちらを選ぶでしょうか?』という物語。だから結末は、基本的に『ジョンを選ぶ』『ハリーを選ぶ』『どちらも選ばない』の3通りしかないですよね。予想外のことが起こる映画ではないからこそ、プロセスがすべてです。タイトルの“マテリアリスト=物質主義者”とは、合理性を求める人だという言い方もできますが、愛情を求めるとどうしても非合理的にならざるを得ない。愛情を求めるとリスクは避けられないし、求めていないものが飛び込んでくる可能性もあるけれど、そのことが思わぬ形で自分の未来につながるかもしれない。愛がいかにわからないもので、いかに非合理なものかを、あくまでもベタなロマコメのふりをして描いているところがこの映画の深みではないでしょうか」
文/平尾嘉浩
