恋愛の非合理性、エンディング曲の意味、セリーヌ・ソンの手腕…ライター3名が『マテリアリスト 結婚の条件』を全方位から語り合う!

コラム

恋愛の非合理性、エンディング曲の意味、セリーヌ・ソンの手腕…ライター3名が『マテリアリスト 結婚の条件』を全方位から語り合う!

長編デビュー作『パスト ライブス/再会』(23)で世界中の映画ファンを虜にしたセリーヌ・ソン監督の最新作『マテリアリスト 結婚の条件』が現在公開中。ダコタ・ジョンソン、クリス・エヴァンス、ペドロ・パスカルという豪華キャストの共演で、ニューヨークの結婚相談所で働く凄腕マッチメーカーのルーシーが、夢を追う売れない俳優の元カレ、ジョンと、リッチで完璧な男性ハリーとの間で揺れ動く姿が描かれる。現代の婚活市場をシニカルかつエモーショナルに切り取った本作の魅力はどこにあるのか?その答えを探るため、ライターの竹島ルイ、稲垣貴俊、ANAISの3人が集結し、座談会を実施。物語の核心やキャスト陣の魅力、そしてソン監督の作家性について熱く、深く語り合った。

※本記事は、『マテリアリスト 結婚の条件』のネタバレ(ストーリーの核心に触れる記述)に該当する要素を含みます。未見の方はご注意ください。

“恋の魔法”が消えた、ニューヨークに生まれた新たなロマコメのスタンダード

竹島ルイ(以下、竹島)「本作を観てまず思ったのは、ニューヨークを舞台にしたロマンティックコメディのニュースタンダードが生まれたな、ということです。『アパートの鍵貸します』や『ティファニーで朝食を』などロマコメの名作はたくさんありますが、これらはニューヨークに“恋の魔法”があることが前提でした。でも、いまのニューヨークはすごく物価高だし、ジェントリフィケーション(都市の富裕化)もヤバい。すでに魔法は失われていて、年齢や年収、身長など数値的な情報でマッチングする時代ですよね。もはやニューヨークはロマコメの場所として最適ではなくなったと思っていたのですが、セリーヌ・ソン監督が『いや、そうじゃないよ』と、反ロマコメ的なロマコメを作ってくれました」

「天性の婚活カウンセラー」と絶賛され、仕事一筋の多忙な日々を送るルーシー
「天性の婚活カウンセラー」と絶賛され、仕事一筋の多忙な日々を送るルーシーCopyright 2025 [c] Adore Rights LLC. All Rights Reserved

稲垣貴俊(以下、稲垣)「僕は登場人物3人が自分のように思えて仕方がなかったです。マッチングアプリを利用した経験がありますし、若い頃から演劇のお仕事をしてきたので、『お金はないけどやりたいことはある、だけど社会的な地位はなかなか難しい』というジョンの状況は想像しやすいし、同時にハリーが抱く身体的コンプレックスもよくわかります。よりよい自分をアピールしたい、情報を基準によりよい相手を求めたいという欲望もすごく現代的ですよね。情報が増えすぎた社会で恋愛をする、人と人とが関係を築こうとすることが切実な問題として描かれていました」

ANAIS「私にとって本作は、今年一番というぐらい大好きな映画になりました。一見ロマコメのムードをまといつつ、非常に理性的な作品なんですよね。愛という、よくわからないけどみんながクレイジーになってしまうものを、どうにかして理性的に解体してみようとする眼差しがすごく誠実に感じました。例えるなら“ブルータリー・オネスト(暴力的なまでに正直)”な映画ということでしょうか。トキメキではなく、登場人物を通して現実を見るから、ちょっとひやひやするような切迫感もあるんです。ルーシーがクライアントたちの要望を聞くシーンはコメディでありながら象徴的で、私たちが理想として追い求める人、つまり条件リストのチェックボックスを埋めてくれる人というのは“ユニコーン(現実離れした存在)“なんだと、笑いながらハッと気づかされました」

マッチメーカーのルーシーに対して、非現実的な要望をするクライアントも少なくない
マッチメーカーのルーシーに対して、非現実的な要望をするクライアントも少なくない[c]Everett Collection/AFLO

竹島「そんな切実さのなかには映画的な煌めきもしっかり宿っていましたよね。ルーシーとジョンが旅先で結婚式が行われているのを見つけ、ゲストとして紛れ込みダンスを踊るシーン。カメラがゆっくり2人に寄っていき、背景の明かりが星屑のようにボケ始めて本当にロマンティックでした」

稲垣「ルーシーの『デートには努力が必要。試行錯誤するしリスクや痛みも伴う。愛は簡単よ』という言葉に対して、ハリーが『(愛は)最も難解だと思う』と返すシーンがすごく好きです。どちらも真実だし、ある意味この映画を象徴しているやり取りだと受け止めました」

ANAIS「終盤、助けを求めてきたクライアントのソフィーの家にルーシーたちが駆け付けた際、ソフィーが『誰かを愛したいだけ』とこぼすセリフがすごく大事なことだと思いました。結局、私たちはいろいろなチェックボックスを用意してはいるけど、本音ではただ、愛せる人を見つけたいんだってことなんですよね。しかもそのシーンでは、ジョンにカメラがパンするんですよ。ほら、ここにいるよ!と言っているみたいに(笑)」

ロマンチストとリアリスト、2つの視点を持つセリーヌ・ソンの手腕

幼なじみの2人の、24年越しの再会を描いたソン監督の前作『パスト ライブス/再会』
幼なじみの2人の、24年越しの再会を描いたソン監督の前作『パスト ライブス/再会』[c]Everett Collection/AFLO

竹島「セリーヌ・ソンって、ロマンチストとリアリストの両方の側面を持っていると思いませんか?お決まりのハッピーエンドや安易なカタルシスは避けますが、映画的に高揚できるセリフや映像はちゃんと挟み込んでくるからバランスがとてもいい。『パスト ライブス/再会』も下手したら略奪婚とかドロドロの愛憎劇になっていてもおかしくない設定でしたが、いまの生き方や生活をちゃんと引き受けたうえで誠実な着地を見せていました。本作もまた、お金より愛を選ぶロマンティックな物語と捉えることもできるのですが、その先には現実的な生活が見えています。ジョンはこれからバイトをめちゃくちゃ頑張らないといけないし、役者としても仕事を選んではいられないはず」

稲垣「ラストシーンのあと、2人の生活はどう考えてもしんどいですもんね(笑)。でも、そこがセリーヌ・ソン監督のすごさだと思います。竹島さんがおっしゃるように、監督は恋愛のファンタジックな希望や情熱を信じる一方、それを常にドライな現実主義によって相対化している印象があります。情報や条件をもとにパートナーを検討し、現実的な生活を求める恋愛もあれば、人間性や愛情を大切にして、数字では表せないパートナーとの人生をつかみたい恋愛もある。もちろん、条件からパートナーを選んだあとに愛情を見つけることもあるので、必ずしも二者択一ではないと思います。ただ、ルーシーはそういうふうに考えられないから『どちらの相手を選ぶ?』という話になる」

ANAIS「『パスト ライブス/再会』はパーソナルな物語をグローバルに展開していて、いろんな人が自分事として捉えられる作品でしたが、それはソン監督が人間を深く理解しているからですよね。今回も、実際に監督が結婚相談所で働いていた経験がすごく出ています。ちなみに、本作の結末に対して海外では『貧乏な男性を選ぶ、ジョンのプロパガンダ(おとぎ話)ではないか』なんて言われ方もしているようですが、私はそんなことはないと思っていて。おとぎ話的にルーシーは愛を取ったわけですが、ここからどうやって暮らしていこうかという問題はあるし、2人はこれからもお金のことで喧嘩になるんじゃないかなと想像できます。一方で、ハリーとの結婚を選んだとしても、喧嘩はしないかもしれませんが、ふとした時に、愛がない、どうしよう…となったら取り返しがつかない。そのような選択の難しさも盛り込まれているからこそ、ルーシーの選んだ答えが単なる綺麗事ではないものとして説得力があるんですよね」

ロマンチストとリアリストの両方の側面を持っているセリーヌ・ソン監督
ロマンチストとリアリストの両方の側面を持っているセリーヌ・ソン監督Copyright 2025 [c] Adore Rights LLC. All Rights Reserved


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