ルール不在の映画『シラート』が仕掛ける、サスペンスへの“転調”というサプライズ【小説家・榎本憲男の炉前散語】

ルール不在の映画『シラート』が仕掛ける、サスペンスへの“転調”というサプライズ【小説家・榎本憲男の炉前散語】

観客を驚かせ、惹きつける、急激な転調

スラッシャーホラーの観客は最初から、殺人が次々と起こることを受け入れて映画を見はじめます。それでも面白いのは、いつ殺されるのか、という緊張がみなぎっているからです。これがサスペンスです。けれど、アート映画と思って見始めた『シラート』の観客にとって、この転調はサプライズです。

サスペンスとサプライズ。アルフレッド・ヒッチコックは、フランソワ・トリュフォー監督のインタビュー(『定本 映画術 ヒッチコック/トリュフォー』)で、この二つのちがいを語っています。ヒッチコックは、「テーブルの下の爆弾」という状況で説明し、サスペンスかサプライズかは、テーブルの下に爆弾があることを“観客が知っているかどうか”で分かれると言います。

“観客だけが気づいている”状況がサスペンスの醍醐味(『ダイヤルMを廻せ!』)
“観客だけが気づいている”状況がサスペンスの醍醐味(『ダイヤルMを廻せ!』)[c]Everett Collection/AFLO

観客がテーブルの下に爆弾があることを知っていて、そして、登場人物らが知らないのなら、観客が「呑気に見つめ合って食事している場合じゃないよ!」と叫びたくなるようなサスペンスが生じます。その反対に、観客がこれを知らないと、いきなり爆弾が爆発して「マジかよ!」と驚く。これがサプライズです。もっと簡単に言えば“ハラハラ・ドキドキ”がサスペンスで、“ビックリ!”がサプライズですね。そして、ヒッチコックの推しは断然サスペンスです。なぜなら、サプライズは衝撃は強いけれど、そこからの回復も早い。一方、サスペンスは、爆弾に取り付けられたタイマーがゼロになるまでそのシーンに緊張を作り出すことができるから。『シラート』では、地雷が爆発するまで観客はその存在を知りません。だが二人が爆死した瞬間、砂漠全体が「テーブルの下の爆弾」に変わります。サスペンスへの急激な転調です。

出発から半数以上が命を落とすという衝撃的な展開をみせる
出発から半数以上が命を落とすという衝撃的な展開をみせる[c] 2025 LOS DESERTORES FILMS, A.I.E., TELEFÓNICA AUDIOVISUAL DIGITAL, S.L.U.,FILMES DA ERMIDA, S.L., EL DESEO DA, S.L.U., URI FILMS, S.L.,4A4 PRODUCTIONS

主人公と残った仲間の二人はなんとか生き残る。なぜ、この三名が生き残ったのかは面白い問題で、僕なりの解釈がありますが、それはまた別の問いとして残しておきましょう。ここで語りたいのは、このような巧みな転調が仕掛けられた本作から滲みでる気分のほうです。それは、「こんなはずじゃなかった」という途方に暮れた感覚です。

観賞後に残る、途方に暮れた感覚

物語の冒頭で、レイブパーティを中止させたのは軍で、緊急事態によるものだったと記憶しています。そして、軍が率いる隊列から逃れても、ラジオからは第三次世界大戦に向かいつつあるという内容のニュースが流れてくる。このさりげない情報の挿入が、「こんなはずじゃなかった」感を強めます。ラストシーンの、砂漠の上に敷かれた一本のレールを走る列車に乗った雑多な人たちの表情にも「こんなはずじゃなかった」という感情を僕は読み取りました。そして、このような感情はいま人類全体の心の中にわだかまっているのではないか、と思ったのです。

作品全体に、先の見えない不穏さが漂っている
作品全体に、先の見えない不穏さが漂っている[c] 2025 LOS DESERTORES FILMS, A.I.E., TELEFÓNICA AUDIOVISUAL DIGITAL, S.L.U.,FILMES DA ERMIDA, S.L., EL DESEO DA, S.L.U., URI FILMS, S.L.,4A4 PRODUCTIONS

2016年、ユヴァル・ノア・ハラリという歴史学者が書いた「サピエンス全史」がベストセラーになりました。ビッグバンから人類の誕生、狩猟から農耕、近代国家の成立と現代までを巧みな語り口で描いていきます。読んでいて確かに面白い。そして、その続編にあたる「ホモ・デウス」で彼は、こんなことを書きました。

二〇世紀の中国でも、中世のインドでも、古代のエジプトでも、人々は同じ三つの問題で頭がいっぱいだった。すなわち、飢饉と疫病と戦争で、これらがつねに、取り組むべきことのリストの上位を占めていた

このあと彼はこう書いています。

(略)この数十年というもの、私たちは飢饉と疫病と戦争を首尾良く抑え込んできた。もちろんこの三つの問題は、すっかり解決されたわけではないものの、理解も制御も不可能な自然の脅威ではなくなり、対処可能な課題に変わった。私たちはもう、これら三つから救ってくれるように、神や聖人に祈る必要はなくなった。飢饉や疫病や戦争を防ぐためにはどうするべきかを、私たちは十分承知しており、たいていうまく防ぐことができる

そうしてハラリは、人間はその知性を発展させて、ホモ・デウス(神たるヒト)の領域に近づくと述べ、これをいわば“人類双六の上がり”として提示したのです。

しかし、少なくとも2020年代から振り返れば、この楽観はあまりに早かったと言わざるを得ません。コロナ禍のパンデミックは、人類全体の活動を麻痺させましたし、この原稿を書いている2026年7月11日、ウクライナやイランをめぐって激しい軍事衝突が続いています。ガザには停戦の枠組みがあるものの、攻撃は止んでいません。このような状況下で、このベストセラーをいま読み返すと、「こんなはずじゃなかった」という感情が否応なく湧き上がってくるのです。

ジャンル特有の“お約束”や規則の概念から逸脱している『シラート』
ジャンル特有の“お約束”や規則の概念から逸脱している『シラート』[c] 2025 LOS DESERTORES FILMS, A.I.E., TELEFÓNICA AUDIOVISUAL DIGITAL, S.L.U.,FILMES DA ERMIDA, S.L., EL DESEO DA, S.L.U., URI FILMS, S.L.,4A4 PRODUCTIONS

『シラート』における欲望はきわめて希薄で、そして単純に見えた構造も、転調をくり返して観客を翻弄し、世界を見るまなざしを「こんなはずじゃなかった」に変えてしまう。つまり、『シラート』は、登場人物の欲望を深化させる代わりに、観客の内部にある感情を徐々に炙り出していくのです。物語ることが欲望を深化させる行為なら、『シラート』は、欲望によって世界を理解できるという前提そのものを破壊する、極めて例外的な作品だと言えるでしょう。


文/榎本 憲男

[c] 2025 LOS DESERTORES FILMS, A.I.E., TELEFÓNICA AUDIOVISUAL DIGITAL, S.L.U.,FILMES DA ERMIDA, S.L., EL DESEO DA, S.L.U., URI FILMS, S.L.,4A4 PRODUCTIONS

このような“死の順番”を、大真面目に研究しているページがTV Tropesというサイトにあるので、参考までに紹介しておきます。
https://tvtropes.org/pmwiki/pmwiki.php/Main/SortingAlgorithmOfMortality

■榎本憲男 プロフィール
1959年生まれ、和歌山県出身。小説家、映画監督、脚本家、元銀座テアトル西友・テアトル新宿支配人。2011年に小説家、映画監督としてデビュー。近著には、「アガラ」(朝日新聞出版)、「サイケデリック・マウンテン」(早川書房)、「エアー3.0」(小学館)などがある。「エアー2.0」では、第18回大藪春彦賞の候補に選ばれた。映画『カメラを止めるな!』(17)では、シナリオ指導として作品に携わっている。


小説家・榎本憲男の炉前散語
作品情報へ

関連作品