ルール不在の映画『シラート』が仕掛ける、サスペンスへの“転調”というサプライズ【小説家・榎本憲男の炉前散語】
小説家で、映画監督の榎本憲男。銀座テアトル西友(のちに銀座テアトルシネマ)や、テアトル新宿の支配人など、映画館勤務からキャリアをスタートさせた榎本が、ストーリーを軸に、旧作から新作まで映画について様々な角度から読者に問いかけていく「小説家・榎本憲男の炉前散語」。第17回は、アカデミー賞にて音響賞と国際長編映画賞の2部門でノミネートされ、世界各地で熱狂を巻き起こしている映画『シラート』(公開中、オリベル・ラシェ監督)。日本でも当初の58館から、その反響の大きさを受けて上映館数が120館以上にまで拡大、興収も1.7億円を超えるスマッシュヒットを記録しています。本稿では、本作の歪な構造に着目しながら、その物語の核心に迫ります。
※本記事は、『シラート』のネタバレ(ストーリーの核心に触れる記述)に該当する要素を含みます。未見の方はご注意ください。
常識から逸脱した物語
ストーリーの着目ポイントは二つ、物語構造と主人公の“欲しいもの”(want/need)つまり欲望です。構造か欲望か。どちらも大事ですが、とりわけ現代的な作品では、主人公の欲望がより重要だと僕は考えています。複雑化する現在社会の中で複雑化する欲望をどのように表現し、深化させていくかが鍵なのです。――なんてことをしつこく語ってきました。ただし、シナリオの教科書は構造のほうを語るのに熱心です。たぶんそれは、構造は体系化しやすく、教えやすいからでしょう。それに比べて、欲望は……おっと、話が逸れそうになりました。
何ごとにも例外はあります。『シラート』は例外中の例外です。本作品の特徴を、構造と欲望という視点から指摘すると以下のようになるでしょう。
構造 歪である。けっして複雑に屈折しているわけではなく、一本道で単純だが、観客とのジャンル上の約束が途中で何度も破られる。
欲望 その内実はほとんど説明されず、観客側からすると極めて曖昧で浅い。そして、物語の途中で無効化される。
つまり『シラート』は、映画のストーリーの常識から逸脱しているのです。ただ、本作はシネフィルからも注目を集め、高い評価を得ています。ということは、実験的なアート映画なのかしら、とつい思ってしまう。ところが、ジャンル映画のようにも見えてしまうので困ります。たとえば、英文学者の北村紗衣さんは、「ネタバレで恐縮ですが、『シラート』は『ファイナル・ディスティネーション』みたいな映画が好きな人が見に行ってください。アート映画の皮をかぶってますが、実際はスラッシャーホラー映画です」とXに投稿していました。これはどういうことでしょう。本作のストーリーを追いながら考えてみましょう。
一向に深まっていかない欲望
レイブパーティから物語はスタートします。といっても、会場は砂漠。イビサ島などのスノッブでオシャレな雰囲気はなく、あるのは、最果ての地で鳴り響くぶ厚い電子サウンドとそれを跳ね返す赤い土の壁、そして四つ打ちのリズムに身体を揺らす参加者だけ。バカンスを楽しんでいるような身なりの者はひとりとしておらず、社会から放擲されたか、自ら離脱してここに辿り着いたような、アウトサイダーの印(タトゥー、モヒカン)を身体に刻み込んだ連中ばかりです。
このような雰囲気にはまったくそぐわない、地味で平凡な服装の中年男性ルイス(セルジ・ロペス)が幼い息子のエステバン(ブルーノ・ヌニェス)を連れて会場をうろついています。チラシを配りながら、娘に見覚えがないかと尋ねて回るのですが、得られたのは、また別のパーティがあるからそこに行けば会えるかもしれないという心許ない情報だけです。
突然、このパーティは軍の介入によって中断され、参加者は自分たちの車に戻され、誘導されてどこかに連れて行かれることになる。だけど強引にコースアウトして逃げたキャラバントラック二台を追って、ルイスも小さなバンを駆り、彼らとともに次のライブ会場へと向かう。ここまでが序章です。
ルイスとレイバーたちは、新しい楽園(レイブパーティの会場)を求めて、砂漠を横断しようとする。なので、この物語には、目的地にたどり着きたい、そこで娘を発見したい、という欲望は明示されています。けれど、それがまったく深まっていかないのです。普通なら、父と娘の間にいったい何があったのか、何が原因で父の元を離れたのか等が道行きの中で徐々に明らかにされるものなのですが、そんなことは一切ない。物語るという行為は、欲望を深化させていくことだと言っても過言ではありません。なのに、本作の欲望は、物語を前に進めるためだけの道具にすぎないように思えてきます。そして、こういうセットアップは失敗作につながりがちなのですが……。
https://tvtropes.org/pmwiki/pmwiki.php/Main/SortingAlgorithmOfMortality
■榎本憲男 プロフィール
1959年生まれ、和歌山県出身。小説家、映画監督、脚本家、元銀座テアトル西友・テアトル新宿支配人。2011年に小説家、映画監督としてデビュー。近著には、「アガラ」(朝日新聞出版)、「サイケデリック・マウンテン」(早川書房)、「エアー3.0」(小学館)などがある。「エアー2.0」では、第18回大藪春彦賞の候補に選ばれた。映画『カメラを止めるな!』(17)では、シナリオ指導として作品に携わっている。

小説家・榎本憲男の炉前散語
