「自分にちょっと飽きていた」是枝裕和監督が、『箱の中の羊』で見つめた“想像力”と新たな挑戦を語る

「自分にちょっと飽きていた」是枝裕和監督が、『箱の中の羊』で見つめた“想像力”と新たな挑戦を語る

2025年のカンヌ国際映画祭の併設映画マーケットで、是枝裕和監督の最新作『箱の中の羊』(公開中)が発表された。「子どもを失った夫婦がアンドロイドを迎える物語」というタグラインに、各国のバイヤーは強い興味を示した。是枝監督が描くAIの未来は、どんな世界だろうか。その結果、北米およびいくつかの英語圏の配給権は映画製作・配給会社のNEONが取得し、世界中で公開が決定している。

最新のテクノロジーで「亡き人を蘇らせる」という発想が生まれた企画
最新のテクノロジーで「亡き人を蘇らせる」という発想が生まれた企画[c]2026フジテレビジョン・ギャガ・東宝・AOI Pro.

2年前に息子の翔を亡くした建築家の甲本音々と工務店の二代目社長・健介。夫婦は、息子の姿をしたヒューマノイドを家族に迎え入れる。綾瀬はるかが妻の音々を演じ、千鳥の大悟が夫の健介に扮する。ヒューマノイド翔役には、200名以上のオーディションから抜擢され、これが映画初出演となる桒木里夢。

是枝監督は先ごろフランスで行われた第79回カンヌ国際映画祭では、自身8度目となるコンペティション部門に参加。同様にコンペ部門に作品を出品していた濱口竜介監督(『急に具合が悪くなる』)、深田晃司監督(『ナギダイアリー』)、そして「ある視点部門」に出品していた岨手由貴子監督(『全て真夜中の恋人たち』)の4人でのランチの直後に、新作の起点から日本の映画製作に対する想いまで、インタビューに答えてくれた。

※本記事は、『箱の中の羊』のネタバレ(ストーリーの核心に触れる記述)に該当する要素を含みます。未見の方はご注意ください。

「映画を作っていくうちに僕が『これは親離れ、子離れの話だな』と気づいた」

――映画を観て、実は驚きました。AIやヒューマノイドを扱っていながらも、とてもポジティブな映画だと思いました。是枝監督のいままでの作品とは少し異なり、問題提起や憤りより、未来に対する明るい鑑賞後感がありました。どんな感情でこの映画を作り始められたんですか?

是枝裕和(以下、是枝)「中国で“死者の蘇り”のビジネスが人気になっていることを知って、『あ、もうそういう時代に差し掛かっているんだな』と思ったことと、同時期に、美空ひばりさんのホログラムに新曲を歌わせた、あれに感じた違和感みたいなもの、その二つが自分の中にありました。いわゆる“不気味の谷”(人間に似せて作られたロボットなどに対する不快感や恐れ)ですね。ただ、これが実現したら、僕は『(亡くなった)父親にもう一言、言いたい』という感情があったので、ちょっとだけ使っちゃうかな、みたいなそういう気持ちもありました。両方あるというのはいいことだな、と思って脚本を書き始めたんです」

幼い子どもを亡くした夫婦を演じる、綾瀬はるかと千鳥の大悟
幼い子どもを亡くした夫婦を演じる、綾瀬はるかと千鳥の大悟[c]2026フジテレビジョン・ギャガ・東宝・AOI Pro.

――映画をポジティブに受け止めたとすると、「使っちゃうかな」のほうが強く出たということでしょうか。

是枝「もしもポジティブに感じてもらえたとすると、映画を作っていくうちに僕が『これは親離れ、子離れの話だな』と気づいたからでしょうか。子どもが親の価値観や能力を超えて別の価値体系を作り、独自の世界を持つ物語になっていたんです。そこを重ねて、死者を見送る話と、子の巣立ちを見送る話を重ねていこうと思って。多分その辺のニュアンスを汲み取ってもらえたんじゃないかな」

――坂東祐大さんの音楽も、近藤龍人さんが撮られる映像も、そしてラストのあの森はすごく前向きに受け取りました。

是枝「あの森は前向きにしたかったんです。だから、曇ったらアウトだなと思って、とにかく晴れの日を狙って撮影しました」

――ただ、ハッピーエンドかというと…。

是枝「『あの森でみんなで仲良く暮らしました』だと、おとぎ話としては完結するんだけど。あの森では大人二人は暮らせない。だから戻ってくる、別れを告げるっていう話にしたつもりです。あそこからまた夫婦の人生が始まるからね。2本の木と一緒に」

【写真を見る】亡くなった息子の姿をしたヒューマノイドを迎え入れ、音々はが喜びの笑顔を見せる
【写真を見る】亡くなった息子の姿をしたヒューマノイドを迎え入れ、音々はが喜びの笑顔を見せる[c]2026フジテレビジョン・ギャガ・東宝・AOI Pro.

――それが、「そして母になる」のか、「そして夫婦になる」のか…。この映画のストーリーを聞いた時『空気人形』を思われる方もいらしたようです。でも、どちらかというと『海街diary』(15)とか『歩いても 歩いても』(08)のように、目には見えないけれど、亡くなった方も確かに存在している物語が、今度は「見える存在」「触れられる存在」として、そこに現れる物語と感じました。

是枝「結局、いなくなった後にようやく見えてくるってことかなと思って。中国の死者蘇りビジネスでは、例えば亡くなったお母さんの簡単な音声と画像データを渡すとすぐに映像が出てきて、普通に喋って新しい会話を積み重ねていける。これが実体を伴って戻ってくるまでビジネスを展開したいと言っていました。この映像が本人に似ていれば似ているほど、多分気持ち悪いでしょう。“不気味の谷”を超えないっていう。逆に、本人とヒューマノイドとの差異が気になってくるのは間違いない。

(亡くなった息子に)触れられて、目に見えて、電車の駅名全部言えた時にハイタッチをした時に生じる、ある種の違和感みたいなもの。それを、夫婦がどうしたら息子を弔うグリーフワーク(悲嘆の作業)に戻れるかと考えた時に、もう一度見えないものとして返してあげることじゃないかと。息子が『いるけどいない』から、『いないけどいる』に変えていく作業を、彼らは始めたんだと思います。


夫婦がどのようにこれからの生活と向き合うか?
夫婦がどのようにこれからの生活と向き合うか?[c]2026フジテレビジョン・ギャガ・東宝・AOI Pro.

おそらく、あの夫婦は『もう一言、言いたかった』みたいなことを抱えていて、(ヒューマノイド相手に)言えたり、謝れたりする。でも、戻ってきたのにまた同じ過ちを繰り返してしまうこともあるでしょう。自分たちが知っている息子ではない存在になっていき、なおかつ二人との時間を経たうえで、(息子が)別の建築家になって自分の家を建てるところまで行けると、三者三様の“建築家”の話になるなと思ったんです」

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