まるで実写映画の“リアル”な表現…『ガンダム』で難題に挑戦する『閃光のハサウェイ』のアプローチ
対比的に描かれる三角関係。キャラクターに深みを与える視線と影
実写的な深みを出す演出は、キャラクター描写にも表れている。腐敗した地球連邦政府の治世を覆そうとする反連邦政府運動「マフティー」のリーダーであり、政府高官たちを排除するべく行動しながらも、その暴力的なやり方が正しいのかと思い悩むハサウェイ。裕福なパトロンのもとで暮らし、鋭い直感や洞察力など不思議な魅力を持つ存在として描かれるギギ・アンダルシア(声:上田麗奈)。抜け目のない優秀な軍人であるケネス・スレッグ(声:諏訪部順一)。この3人はある種の三角関係にあり、要所で対比的に描かれる。
彼ら自身のことはセリフでは説明されないが、その表情や仕草によって内面が映像として伝わるような演出がなされている。ハサウェイは好青年という表の顔でギギとケネスに接し、本心では「マフティー」としての在り方に苦悩する。劇中ではその葛藤を表すかのように、感情が交錯する時には目や顔が画角から外れることで、戸惑いと揺れる本心を隠しているような見せ方がなされる。
一方のギギは、相手の心を見透かしたような言動をする際、視線は強くまっすぐに描かれるが、若さや経験値の浅さからくるメンタルの弱さが垣間見える時には視線が外れる。彼女の不安定な心の動きと連動した視線の変化、つまり彼女の瞳はセリフ以上にギギというキャラクターを描いているように感じる。
「ハウンゼン356便」内で共にハイジャック犯を制圧したことをきっかけにハサウェイに関心を持ち、不思議な魅力を持つギギに惹かれるケネス。プライベートでは表情や態度が柔らかくなる瞬間もあり、軍人としては、部下たちに向き合う際、乗馬用のムチを振るうなど、時に厳しさが過度に見える一面も持ち合わせている。それぞれが裏と表を持ち、向き合う面が所々で変化するやり取りは、人間ドラマをより深く見せる効果を現す。
また、ギギやケネスに光(照明)が当たっている時、ハサウェイが影にいるようにする明暗を使った演出、食事を摂る時にみせる内面的な要素(節制し綺麗に食事をするハサウェイ、人の食事にも手を出すケネス、朝食からステーキを食べるギギ)など、セリフに頼らず映像でキャラクターの心情や内面を見せる描写も細やか。ここも実写映画における役者が表情で内面を語るような見せ方を積極的に取り入れることで、ほかのアニメーション作品とは異なる手触りを残しているのだ。
かっこよさは存在しない。恐怖すら感じる“巨大兵器”、モビルスーツ
『ガンダム』シリーズと言えば、もう一つの主人公とも言える巨大人型機動兵器=モビルスーツの存在を外すことができない。『ガンダム』作品では、モビルスーツが兵器として描かれたことが世界観のリアリティを引き上げたが、『閃光のハサウェイ』ではその雰囲気がより徹底されている。物語前半に登場するモビルスーツは、軍による威圧の象徴であり、劇中設定では兵器として30年近く利用されている状況を含めて、その世界には馴染みきった形で存在している。不法移民摘発に使用される忌み嫌われる存在として描かれ、機体の全体像さえ映されない演出がされる。物語後半でハサウェイがΞ(クシィー)ガンダムに乗り込むまでは、背景もしくは舞台装置的な存在として描かれ続ける。
物語中盤、「マフティー」がモビルスーツで敵を襲撃するシーンにおいても、いわゆるロボットアニメらしい「格好いいメカが戦うケレン味」は徹底して排除。闇に紛れた強襲で、画面上に見えるのは、暗闇の中にかすかに浮かぶモビルスーツのシルエットと、時折はぜる噴射炎と発砲で尾を引く弾道、そして爆発の煙だ。実際の戦地で撮影されたものや、ニュースなどで見る映像のような、「現実でモビルスーツ同士の戦闘を目撃する」とこの見え方になるはずだという雰囲気が伝わる。
この戦闘と重なるように、宿泊中のホテルが攻撃されて脱出を図るハサウェイとギギ。すぐ上空や周辺では交戦が発生しながらも、2人をはじめとする戦闘の被害者たちは、その全貌を把握できずに自己判断で逃げるしかできない。スティーヴン・スピルバーグ監督『宇宙戦争』(05)をも彷彿とさせる襲撃に、モビルスーツの攻撃が周囲にもたらす影響や破壊というディザスター(災害)感もまた実写映画的な雰囲気だ。

