クリストファー・ノーランは古典を現代にどう再生させたのか?遍歴譚『オデュッセイア』にみる“文明の衰退”と結末の解釈【小説家・榎本憲男の炉前散語】

クリストファー・ノーランは古典を現代にどう再生させたのか?遍歴譚『オデュッセイア』にみる“文明の衰退”と結末の解釈【小説家・榎本憲男の炉前散語】

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道徳を失った現代…『オデュッセイア』が示す文明の行方

ノーラン監督の前作『オッペンハイマー』への出演に続き、『オデュッセイア』の主演として抜擢されたマット・デイモン
ノーラン監督の前作『オッペンハイマー』への出演に続き、『オデュッセイア』の主演として抜擢されたマット・デイモン[c] 2026 UNIVERSAL STUDIOS

ホメロスは、基本的にはオデュッセウスの叡智と不屈の精神を讃えています。しかし、ノーラン版のオデュッセウスは、マット・デイモンが演じていることもあって、かなり内向的で、自分の行為についてもかなり懐疑的に見えます。たしかに、いくら神話の世界とはいえ、戦争で大きな武勲を立てた(多くの人間を殺害した)武将を英雄として讃えるのは、現代では難しい。なので、現代における戦争映画には『ハクソー・リッジ』(16、メル・ギブソン監督)のように、国のために戦うことは潔しとするものの人を殺すことだけは断固拒否するという複雑な軍人を描いた作品まで出てきます。しかし、ノーランは前作『オッペンハイマー』に続いてこの困難に肉迫します。

アンドリュー・ガーフィールド主演、衛生兵の実体験を映画化した『ハクソーリッジ』
アンドリュー・ガーフィールド主演、衛生兵の実体験を映画化した『ハクソーリッジ』[c]Everett Collection/AFLO

 
私たちの行動を律するものはなんでしょう? 先ほど述べたように、古代文明では神々の声による道徳が人々の行動を律していました(筆者注1)。求婚者たちが「ゼウスの掟」を盾に取って宮殿に居座っているのはもちろん、オデュッセウスが木馬は“供物”だと騙って奇襲を仕掛けるのも、神への冒涜でしょう。つまり、『オデュッセイア』は神々はまだいるけれども、人間が神の声を聞くべきか、それともまた別の内なる規範によって行動すべきかの過渡期にある物語であると僕は見ました。そして象徴的なのが、ギリシアの神々のツートップであるゼウスとポセイドンが、作中ずっと沈黙したままなことです。

では、現代人の行動を律するものはなんでしょうか? ローレンス・レッシグという法学者は、法・道徳・市場・アーキテクチャの4つだと述べています。まず、道徳がある。そして法。この法は神でも王でもなく人間が作った法ですね。さらに、市場によるコントロール。アーキテクチャは「装置」と解釈してください。Aさんに危害を加えそうな者に「なぜ危害を加えてはいけないか」と道徳を説くのではなく、近づいたら電気ショックが流れるような装置を取り付けて行動を律する方法がこれに当たります。そして、現代において道徳によって行動する傾向がかなり弱まっているというのは僕だけの見立てではないでしょう。そもそも道徳というものは長きにわたって信仰に基礎づけられていました。しかし、人間が道徳をなくし、互いの信頼に応えることなく、知恵を働かせて相手をコントロール下に置くことに専心するとき、文明は衰退に向かう(筆者注2)。――僕はノーラン版の『オデュッセイア』からこのようなメッセージを受け取りました。

【写真を見る】オデュッセウスが犯した神への冒涜…道徳を失った人々はどこへと向かうのか
【写真を見る】オデュッセウスが犯した神への冒涜…道徳を失った人々はどこへと向かうのか[c] 2026 UNIVERSAL STUDIOS

ノーラン版の『オデュッセイア』とホメロスのそれとの大きなちがいは、ラストにもあります。オデュッセウスは妻ペネロペとともに沈む太陽を追いかけて弔いの航海に出る。それは文明を滅ぼさないため、道徳の復権のための人類を代表した旅ではないでしょうか。西洋文学における遍歴譚の巨大な祖型(The Odyssey)たる『オデュッセイア』を、ノーランは道徳を失った人類のあてどない旅路として再生させた。――僕にはそう思えてなりません。
 
最後に劇作術についてもすこし触れておきましょう。オデュッセウスが物乞いの恰好で故郷に戻る。誰も彼が王だとは気がつかない。ここで物語は「認知」(アナグノリシス/anagnorisis)と呼ばれる技法でぐっと盛り上がります。これはギリシア悲劇においてよく見られる手法で、「自分の正体をいかにして証明するか」によって高まる劇的効果のことです。しかも、『オデュッセイア』では、ひとりまたひとりと、最後は妻のペネロペまで、実に手の込んだやり方でこのドラマをたたみかけていきます。そして、間髪入れずにアクションシーンへと切り返る。神話の世界で現代を語りつつ、古典的な手法で劇的効果を高める、これぞ温故知新な技と言うべきでしょう。


文/榎本 憲男

筆者注1:
ジュリアン・ジェインズという心理学者は「神々の沈黙―意識の誕生と文明の興亡」で、古代人が神の声を実際に聴覚的命令として経験していたのではないか、という大胆な仮説を提出しています。

筆者注2:
実際、トロイア戦争が伝承上置かれている紀元前1200年前後は、実際にミケーネ宮殿文明が崩壊へ向かった時期とも重なります。両者の因果関係が確認されているわけではありませんが……。

■榎本憲男 プロフィール
1959年生まれ、和歌山県出身。小説家、映画監督、脚本家、元銀座テアトル西友・テアトル新宿支配人。2011年に小説家、映画監督としてデビュー。近著には、「アガラ」(朝日新聞出版)、「サイケデリック・マウンテン」(早川書房)、「エアー3.0」(小学館)などがある。「エアー2.0」では、第18回大藪春彦賞の候補に選ばれた。映画『カメラを止めるな!』(17)では、シナリオ指導として作品に携わっている。


小説家・榎本憲男の炉前散語
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