“不快さ”をエンタメにするアリ・アスターの強い意志。『エディントンへようこそ』の狙いとその達成【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】
「しっかりとしたテンポ——いわば“意図的なスローペース”が自分は好きなんです」(アリ・アスター)
——映画にとって直接的な意味でビートやリズムに当たるのは編集だと思いますが、あなたの作品に共通する編集のメソッドがあるとしたら、それはどんなものなのか教えてもらえないでしょうか? 本作も、あなたの作品ではお馴染みのルシアン・ジョンストンが編集を手掛けていますが、観客の生理感覚よりもほんの少し遅れて次のシーンに移行する、その独特のテンポが特徴なんじゃないかと自分は思っているのですが。
アスター「僕はじっくりと浸れる映画が好きなんです。観る人がその世界にゆっくりと沈み込んでいけるような作品。だから、編集でも意図的にゆったりとしたテンポを好みます。そうすることで観客が映画の中に深く入り込み、作品そのものに包み込まれるように感じてほしいんです。実際には、物語が進むにつれてそのテンポが少しずつ上がっていくことが多いです。でも作品の序盤では、まずその世界へゆっくりと“降りていく”ような感覚が大事なんです。ただし、『ボーはおそれている』では別の方法を試みました。他の作品とはむしろ逆で、序盤はスピーディに始まり、徐々に作品全体が減速していく。映画としては生理感覚や直感に反する作り方ですが、とても興味深い実験になったと思っています」
——言われてみると、確かにそうでしたね。
「しっかりとしたテンポ——いわば“意図的なスローペース”が自分は好きなんです。いまの主流の編集スタイルはテンポが速くて、カットも細かくて、映画があまり長く一つのシーンに留まらないですよね。でも、僕は映画に“呼吸”を与えたいといつも考えています。少しヨーロッパ映画的な考え方かもしれませんね。昔の日本映画も、静かで瞑想的なリズムをとても上手く扱っていると思います。『エディントンへようこそ』を“瞑想的”と呼ぶことはできないでしょうが、今回もやはり作品そのものが“呼吸をできるように”設計されています。編集を担当してくれているルーク・ジョンストンは、僕の親しい友人でもあり、とても優れた編集者です。彼と仕事をするのは本当に楽しいですね。お互いの好みが完全に一致しているので、何が“正しい”かを自然に共有できるんです」
——撮影では、今作で初めてダリウス・コンジと組んだわけですが、彼の錚々たるフィルモグラフィーにあなたの作品が並ぶのはちょっと意外でしたし、興奮させられました。彼の撮影のどういう部分を求めて、今回一緒に仕事をすることにしたのでしょうか?
「ずっとダリウス・コンジの仕事が大好きなんです。彼の作品はいつも本当に美しくて、僕の大好きな映画監督たちとたくさん仕事をしています。ジャン=ピエール・ジュネ、マルク・キャロ、ミヒャエル・ハネケ、ロマン・ポランスキー、デヴィッド・フィンチャー、そしてポン・ジュノ。これまでも何度か彼に会う機会があったのですが、本当に素敵な人なんですよ。優しくて、温かくて。僕たちはすぐに意気投合しました。それで、彼と一緒に仕事をすることで自分の作品の制作プロセスや映像の見え方がどう変わるかを体験してみたいという気持ちが高まって、今作でオファーをしました。彼は僕のやり方に興味を持ってくれて、とても寛大に受け入れてくれました。作品の全プロセスに積極的に関わろうとしてくれましたし、彼にとっても新しいやり方で仕事ができることにとてもワクワクしていたようです。その姿勢は、どこか子どものような純粋さがありましたね。学びたい、変わりたい、新しい経験をしたい——そういう欲求を彼はいまでも持っているんです。僕もその気持ちは同じでした。“巨匠”と呼ばれるような撮影監督と初めて仕事をして、その人物がどんなふうに照明を組み、どうやってクルーと関わっているのかを目の当たりにできたのは、本当に素晴らしい経験でした。彼は照明に対してすごく情熱を持っていて、撮影中のほとんどの時間をそこに費やします。一方、僕は構図やカメラの動きにこだわりがあるので、その部分は僕が主導するかたちになるわけですが、彼はそれをとても喜んでくれていました。ダリウスには“巨匠”にありがちなエゴがまったくなくて、とても仕事がしやすいんです。自分としても、これまでのやり方をほとんど変えることなく新しいことに挑戦できたので、とても実りのあるコラボレーションになりました」
——今日はありがとうございました。最近はプロデューサーとしての仕事もたくさんされてますが、監督としての次作も楽しみに待ってます。
「ありがとう。またお話ししましょう」
取材・文/宇野維正

