愛も罪も分かち合い2人でモンスターと化す『愛はステロイド』…当事者から観た女性たちの反逆と“非規範”的な美しさ

コラム

愛も罪も分かち合い2人でモンスターと化す『愛はステロイド』…当事者から観た女性たちの反逆と“非規範”的な美しさ

非規範がもたらす美しさと愛

【写真を見る】犯罪を繰り返す父や、夫からDVを受ける姉など、歪んだ家族を抱えるルー
【写真を見る】犯罪を繰り返す父や、夫からDVを受ける姉など、歪んだ家族を抱えるルー[c] 2023 CRACK IN THE EARTH LLC; CHANNEL FOUR TELEVISIONCORPORATION ALL RIGHTS RESERVED

筋肉と暴力といういかにも“男らしい”要素を、クィアな女性たちが使用し得るものとしてジェンダー規範を攪乱しつつ、女性や同性愛者を暴力的に抑圧する“男らしさ”に対する強烈な復讐を遂げている本作はまた、デミ・ムーアの熱演が大いに話題になった『サブスタンス』(24)とも響き合うかもしれない。『サブスタンス』は女性の外見、年齢に対するジャッジが自明視された社会のグロテスク、恐怖を、ボディホラーという手法で描きだしたが、筋肉の発達を誇張して表現するカメラワーク、常人離れした力を手に入れてDV男を惨殺するジャッキーの様子は、本作をボディホラーの一つとして考えさせるに十分なものと思われる。特にボディビル大会でジャッキーが錯乱する場面は、外見に対するジャッジのトラウマを正確に表現しており、『サブスタンス』と同種の問題意識を感じさせる。

ただ、本作と『サブスタンス』には決定的な違いがある。
1つは、『サブスタンス』がジェンダー規範的な美に対する執着を描いた一方で、本作は驚異的な筋肉を身に着けた女性という、非規範的な美しさを描いている点だ。この差異はおそらく、クィアな欲望の革命性を物語ってもいる――クィアな欲望は、異性愛社会においては望ましくないとされる要素、例えばマッチョな/女性らしくない女性にこそむしろ強く向けられることがままあるのだから。

もう1つは、女性の孤独と対立を『サブスタンス』が描く一方で、本作が女性同士の恋愛を、その愛による変容をこそ描いている点だ。本作では2人のクィア女性が愛し合い、危うくも激しいその愛によって自信を得て解放される。物語の終盤で挟まれる、まるで巨人にでもなったかのような非現実的な夢想は、抑圧からの解放のあまりにも強烈な喜びを、とても表現し得ない高揚を、忘れ難い形で印象付ける。1人孤独にモンスターと化す必要はない。愛も罪もなにもかも分かち合い、2人で共にモンスター/巨人になることをこそ、本作はことほぐのだ。女性同士のクィアな恋愛とフェミニズムが手を取り合って形作るこの類い稀なる作品は、巨人ではないあらゆる私たちにも力を与えるだろう。


文/水上 文

作品情報へ

関連作品