『かくかくしかじか』東村アキコ×大泉洋が対談。「こんなに素敵な映画にしていただけて、描けてよかったなと思いました」
「ママはテンパリスト」や「海月姫」、「東京タラレバ娘」など、数々のヒット作を生みだしてきた人気漫画家、東村アキコによる不朽の自伝漫画を、東村自らが脚本を手掛けて実写映画化した『かくかくしかじか』(公開中)。
東村の生まれ故郷である宮崎をはじめ、石川、東京といった3つの街を舞台に、漫画家を夢見るぐうたら高校生・明子(永野芽郁)の、人生を変えた恩師・日高先生との出会いとかけがえのない日々、そして別れを鮮やかに描きだす本作。脚本のみならず、シナハン&ロケハンにも同行し、エピソードの取捨選択からセリフの細かな修正、宮崎弁の方言指導に加え、本作の肝となる美術監修や漫画所作指導にいたるまで。そのすべてを一貫して請け追ったという原作者・東村アキコと、スパルタ絵画教師・日高健三役を演じた大泉洋に、撮影の裏側を存分に語り合ってもらった。
「日高先生を演じられるのは、大泉さんしかいなかったんです」(東村)
――東村先生は、本作の映画化のお話を随分断られてきたそうですね。なぜ今回は許可を出されたのでしょうか?
東村「断り続けていた理由は単純で。映画化するとなったら大変だろうと思ったからです。それこそ絵もたくさん描かなきゃいけないし。宮崎・金沢・東京と、いろんな場所で撮らないといけないので。でも、今回は永野芽郁ちゃんがやってくれると聞いて。お芝居も上手ですごくいい女優さんだから、これは絶対見てみたいなと思って。それで私から『日高先生役は大泉洋さんでお願いします』とオファーしました」
――大泉さんは、東村先生からの熱いラブコールを受けてどう思われましたか?
大泉「大変ありがたいお話だなとは思ったんですけど、スケジュールが取れなくて、最初はお断りさせていただいたんですよ。お断りしたのに『えぇっ?また来たの⁉』って(苦笑)。一度私が断るにつけ、さらに強い熱量で説得してくださるもんですからね。最終的には東村先生から綺麗な絵の色紙が届きまして。さらにそこに直筆で熱いコメントまでいただいて。そこまで求めてもらえる現場で仕事ができるというのは、やっぱり役者にとってはすごくうれしくて、ありがたいことですからね。それで『ぜひやらせてください』となりました」
東村「どうしても大泉さんにやっていただきたかったので。あれはもう完全に、私たちの粘り勝ちという感じでしたよね。本当に引き受けてもらえて感謝しています」
――東村先生が、そこまでして大泉さんにやってほしいと思われた理由とは?
東村「私の漫画は元々コメディ要素が強いし、日高先生はものすごく怖い人なんですけど、ただ怖いだけじゃダメで。思わずクスッと笑っちゃう感じのキャラなので。それがやれる役者さんって、大泉さんしかいないじゃないですか。もちろん昔から私が大泉さんの大ファンというのもありますし。私の世代は大泉ファンしかいませんから」
大泉「そんな強引な!」
東村「いや、本当に大泉ファンしかいないんですよ!」
――(笑)。“ジャージに竹刀”姿の大泉さんをご覧になった際の第一印象は?
東村「緑のジャージ姿の大泉さんの写真を見た瞬間、『はいキタ!』って思いました。絵描きだから、ムードでわかるんですよ。怒ってるんだけどちょっと下がってる、この大泉さん独特の眉毛の感じもすごくよかったし。スパルタ絵画教室なので、スポ根っぽい発声をぜひとも大泉さんにやっていただきたかったんです。ねちっこくないあの感じが大泉さんにピッタリでした。それこそ、私と同じ絵画教室に通っていた、日高先生をよく知る後輩の子たちも、絵の手伝いや所作指導で現場に来てたんですが、その子たちが『日高先生が本当にいるみたい』って泣き出すくらい似てました」
大泉「『日高先生が生きてるみたいです…』とか言って、いきなり僕の前で涙ぐむんですよ。それを見て、なんだか知らないけど僕まで泣けてきちゃったりして(笑)」
東村「そんなふうに涙が出ちゃうような瞬間が、あの現場には結構ありましたよね」
「自分が想像するより、東村先生から聞く日高先生像はずっと魅力的でした」(大泉)
――大泉さんは日高先生をどのように創り上げていかれたんですか?
大泉「今回は非常に珍しいパターンでして、私が造形した部分は本当に一切なくて。『この時の日高先生はどんな感じだったんですか?』『日高先生はどんな口調で言われたんですか?』って、現場で東村先生に逐一尋ねましたね。だって原作者が朝から晩までずっといるんですもん。そんな現場、いままで私は見たことないですから」
東村「例えば私が『あの時、先生はこうやって“お前バカか!”って言ったんですよ』って言うと、大泉さんが『あ~!そっち?』って言って、そのままお芝居にスッと取り入れてくださるので。私としては本当に、ただただ思い出話をしていただけで。別に演出を付けたり演技指導をするみたいなことでは、全然なかったんですけど。いま思えば結構いいコンビネーションだったのかなあと(笑)」
大泉「普通、人物造形というのは僕自身や監督とかで作っていくわけですよね。でも今回は実在のモデルがいて、明子が実際に見たシーンが描かれているわけですから、聞かない手はないですよね。ですから私としてはもう一切迷うことも悩むこともなく、プランを固めずに現場に行って、言われたとおりにやっただけです。もちろん自分なりに『こんな感じかな』と想像したりはしましたよ。でもね、聞いてみると、想像と違うことのほうが圧倒的に多かったんですよ。東村先生が聞かせてくださる日高先生像というのが、また本当に魅力的で。私が想像していたのよりずっとおもしろいわけですよ。『人間ってやっぱりそうだよな』っていう、おもしろさにあふれてましたね」
――なるほど…!
大泉「やっぱりね、役者っていうのは自分が演じる役のことを愛していますから。どこか“いい人”だと捉えて演じたくなるものなんですよ。でもいざ東村先生に話を聞いてみると、『ああ、ここは意外と明子のことを思って言ってるというよりも、むしろ自分の怒りのほうが勝ってるんだな』とか。『日高先生というのはやっぱり“絵がすべて”の人だったんだな』っていうのが、だんだんと見えてきた感じがありましたね」
――今回は脚本も手掛けられていますが、映画化するにあたって東村先生がもっともこだわったところはどこですか?
東村「この作品に関しては、どうしても1巻から5巻まで全部入れたかったんです。共同脚本の伊達さんが2時間に収まるように叩き台を作ってくれて。私はそこにセリフのディテールを足していく感じだったんですが、プロの方と一緒に脚本づくりができて本当によかったです」