『かくかくしかじか』東村アキコ×大泉洋が対談。「こんなに素敵な映画にしていただけて、描けてよかったなと思いました」
「宮崎には、東村先生の親戚か先輩か後輩しかいない(笑)」(大泉)
――宮崎ロケで特に印象的だったことは?
大泉「僕が印象に残っているのは、日高先生のお墓参りの時のエピソードです。せっかく宮崎に行くからにはどうしてもお墓参りがしたくて、東村先生に連れて行ってほしいとお願いしたんですよ。そしたら先生が『あぁ、大丈夫ですよ』って言うから、場所は当然わかっているんだろうなと思っていたら、まさかの全然わかってなくて(笑)。お墓にたどり着くまでが本当に大変だったんですよ!」
東村「私、先生のお墓参りに行ったことなかったんですよ。いかに不義理をしているかってことですよね」
大泉「結局、日高先生のお弟子さんだった人に連絡してね」
東村「『先生のお墓の場所知っちょる?どこね?墓地は』って電話したら、仕事中なのに抜け出してきてくれて。いざ行ってみたら、多磨霊園くらいの大きな霊園で(笑)」
大泉「『この中からどうやって見つけるんですか!』ってぐらい広大でしたよ。またそのお弟子さんもどこにあるかわかっていなくてね(笑)。やっと見つかったと思ったら『白い墓石に黒で名前が彫ってあるって言うから探してたけど、色、逆じゃねえか!』みたいな感じでしたから」
東村「みんな宮崎人なんで本当にいい加減なんですよ!」
大泉「でもね、あれはとてもいい時間でした。お墓の前に台本を置いてね」
――光景が目に浮かびます。宮崎ロケはいかがでしたか?
大泉「いやぁ本当にね、宮崎はどこに行っても東村先生の親戚か先輩か後輩しかいないんですよ。どんな人気店でも『あそこは後輩がやってる店だから大丈夫ですよ』って言って予約も普通に取れちゃうし。それはまぁ、すごい影響力でした。いや私もね、北海道ではそれなりにブイブイ言わせてますけど。果たしてここまですんなりと人気店の予約が取れるべかというと。これはまた強大なライバルが現れたなぁと思いましたね」
東村「アハハハ(笑)」
――映画の話に戻りますね(笑)。『かくかくしかじか』の中で日高先生が明子の部屋に焼酎のボトルを置いて帰るシーンは、原作を読んだ時から胸がギュッとなりましたが、映画でも大泉さんが先生を演じているからこそ、あのシーンのせつなさがより一層際立っていたような気がしました。
東村「そうですよね。あのエピソードも当然実話なんですけど、本当にもう思い出すのもツラいというくらいのお話だったので、正直ずっと描きたくなかったんですよ」
大泉「まさにあの焼酎のシーンというのは象徴的な場面ですよね。優しさだとわかっていてもどこか重たく感じたりするみたいなことって、若い子にも思い当たる節はきっとあると思うんです。私なんかも親がせっかく北海道から出てきて、自分のために一生懸命やってくれてるのに『大丈夫だから!』って、つい邪険にしちゃったり。誰にでも胸がチクッとなる思い出があるからこそ、この作品は支持されているんだと思うんですよね。そこを東村先生がすべて正直に描いているから」
――逆に、ご自分が不義理をされる側になった経験もありますか?
東村「不義理ではないけど、息子から蔑ろにされるみたいなことはありました、思春期に。いまはもう仲いいです」
大泉「確かに。もうそういう歳かもしれないですねぇ」
東村「よかれと思ってせっかくクッキーを焼いてあげたのに、友達の家に持っていかないみたいな。でもそれは自分もさんざんやってきたことだから仕方ないかなって」
大泉「そういえばこの前、娘のスポーツの試合があったんですけど、『観に来てくれるな』って娘が言うんですよ。『なぜ親が見ちゃいけないんだ!』と憤慨して観に行きましたらね、なんとまぁ本当に親は2~3人くらいしか来てなくて(笑)。いやもうとんでもない悪目立ちでしたよ!あの時ばかりはね、ちゃんと娘の言うことに耳を傾けておくべきだったと思いましたね」
「居酒屋さんで箸を落としたら店員さんを呼ばず、おしぼりで拭け!」(東村)
――日高先生は、病気になっても運命を呪うことなく『描け!』と言い続け、最後まで絵を描くことを優先されていました。お2人にもそんな言葉はありますか?
東村「重鎮の漫画家先生って、お店とかでサインを頼まれると、“座右の銘”みたいなものをひと言サラサラっと書き添えることが多いんですよ。そういう言葉を、いつか私も考えたいなとは思ってるんですけど、未熟だから見つからなくて。しいて言うなら私がアシスタントに口酸っぱく言ってる『居酒屋さんで箸を落としたら店員さんを呼ばず、おしぼりで拭け!』ですかね。『先生、いつもそれ言いますね』って言われます」
大泉「アハハハ(笑)。それで言うなら私は『笑わせぇ!』ですかね。やっぱりね、人前に出るからには笑ってほしいなという思いが強いんですよ。だから『なぜここでわざわざ笑いを取りに行く必要が?』という場面でも、攻めてしまうといいましょうかねぇ。お堅い場所でもぶちこんでしまうところがあるんですよ」
――「人を泣かせることより笑わせるほうが大変だ」とよく言われていますけど、そういう意味でも、まさにこの『かくかくしかじか』は笑い泣きの映画ですね。
大泉「そうですね、この作品は笑ってるうちに涙が出ちゃうんですよね。それはもう本当にすばらしいバランスで。さすが東村先生の原作だなと思いました」
東村「いやいや。大泉さんの圧倒的な役者力のおかげですよ。本当に日高先生役は、大泉さんにしかできなかったと思います。大泉さんだからこそ生まれた感動がたくさんありますし、大泉さんじゃなかったら、出ない涙もいっぱいあると思うんですよ。可笑しみが入ってるからこそ、より哀しいというか。映像の美しさも相まって、本当に笑っちゃうのになぜか涙が出てくるような映画になっていますよね。
『かくかくしかじか』は、本当に懺悔の気持ちで描いたようなところもあるんです。もちろんいまとなってはこんなに素敵な映画にまでしていただけて『ああ、描けてよかったな』とは思うんですけどね。昔お世話になった人に不義理をしてしまったことがある人たちがこの漫画を読んで、泣いてね。『久しぶりに連絡を取りました』とか『お手紙を出しました』みたいなお便りをもらったりすると、描いた意味があったのかなと思いますね」
取材・文/渡邊玲子