“ハードボイルド育児作家”の樋口毅宏が『ローズ家~崖っぷちの夫婦~』に感じた夫婦のままならなさ「つくづく仲が悪くなるようにできていると実感」
「息が合いすぎるがゆえに的確に相手の痛いところを口撃できてしまう」
――カンバーバッチとコールマンは劇中の夫婦に反して抜群のコンビネーションを披露していました。
「もう、最高の夫婦漫才でした!ただ、テオとアイビーも実は相性がめちゃくちゃいいんですよ。よすぎると言っていいぐらいに。先ほどのカウンセリングのシーンでは、互いの好きなところを挙げてと指示されているのに悪態のつき合いになって、でもそれがだんだんノッてきちゃって2人してカウンセラーを小バカにし始める始末。友人宅に招かれたシーンでは、アイビーが苦手にしているエイミー(ケイト・マッキノン)から逃げたくて、夫婦でひと芝居を打ってそそくさと退出していました。また、2人が出会った時もレストランの倉庫でいきなり愛し合い始めますし、それから14年が経っても夫婦の性生活は頻繁に続いているんですよね」
――それだけ相性がいいのに関係が壊れてしまう…。
「いい関係性が築けている時はいいけど、だからこそ一度でも負のスパイラルにハマってしまうと止まらない。あまりにも息が合いすぎるがゆえに、お互いの考えていることもわかってしまうから、的確に相手の痛いところを口撃できてしまうんですよね。今回はそれが、アイビーが仕事で成功していくのに反して、テオは家庭に入って子育てしなくてはならなったことになるわけなのですが…。2人を見ていて、つくづく夫婦というフォーマットは仲が悪くなるようにできているんだなと実感しました」
「テオのようなダメ男はカンバーバッチにとっても演じがいのある人物」
――樋口さんご自身も専業主夫で、著作「東京パパ友ラブストーリー」にも育児に従事する男性が登場します。テオや彼の境遇について思うところはありますか?
「いま住んでいる僕の家ですが、妻の名義で買ったマンションなんですよ。このあたりも含めて、身につまされる思いでした。子どもが2人いるのもうちと同じです。あと、アイビーがたまにビーバーみたいに歯を出してカクカク笑ってみせるじゃないですか。妻も同じ笑い方をするんですよ、すごくよく似ているなって(笑)」
――テオのキャリアが転落していく様は不運でしたが、自己愛の強さも目立つキャラクターでした。
「独創的なデザインの海洋博物館を建造したものの、それが歴史的な嵐によって倒壊し、さらにその際の発狂ぶりがネットミーム化してしまうのもおもしろかったです。一緒にジョギングをするなど、いつも身近にいて子どもたちとの確かな絆が育まれていたのはいいのですが、“結婚生活のために犠牲にならなければならない”などと愚痴をこぼす繊細なところもあって。これまで天才役が多かったカンバーバッチにとってダメ男は演じがいがあったのではないでしょうか。あと、完成したマイホームに友人たちを招いていましたが、歯に衣着せぬ物言いのエイミーが放った『白人男の復活にこんなに感動するなんて!』というセリフがインパクト抜群で一人ゲラゲラ笑ってしまいました(笑)」
「仕事が忙しすぎると家庭と両立していくのはなかなか難しい」
――アイビーのほうは、著名な料理人ともつながりができるなど順調にキャリアアップしていきますが、家族との時間が取れず距離ができてしまいます。
「彼女の気持ちも痛いほどよくわかります。仕事が忙しすぎると、家庭と両立していくのはなかなか難しいことですよね。だから、シングルマザーやシングルファーザーの方って本当にすごいな、偉いなと思います」
――そういう意味では、現実はもちろん、昨年話題になった『落下の解剖学』(23)など映画で描かれる夫婦のパワーバランスにも変化が起きていますね。
「近年ではなく、僕としては20数年前からそういう変化はあったと感じています。女性の社会進出は当たり前のことであり、それ以前が歪だったんですよね。例えば、どれだけ優秀な方であっても、結婚してお子さんを産んだらそこでキャリアが途絶えてしまうのは、社会にとっても大きな損失です。男性側もまた、外に出て働くよりも家事や育児に向いている方もいるはずでし、男は外に出て稼がないといけないみたいな価値観にいつまでも固執するのは本当にもったいないことです」
