『パルテノペ ナポリの宝石』“美しさ”を多方面からひも解くクロスレビュー。時と共に失われゆく美の“その先”とは?

コラム

『パルテノペ ナポリの宝石』“美しさ”を多方面からひも解くクロスレビュー。時と共に失われゆく美の“その先”とは?

フェリーニの後継者とサンローラン・プロダクションによる美の追求が現実離れしたミューズを生んだ(映画ライター・清藤秀人)

アンソニー・ヴァカレロが衣装のアートディレクションを手掛ける
アンソニー・ヴァカレロが衣装のアートディレクションを手掛ける[c]2024 The Apartment Srl - Numero 10 Srl - Pathe Films - Piperfilm Srl

生まれ故郷のナポリ愛が強過ぎて、ナポリからあまり遠くへ離れたがらないパオロ・ソレンティーノ。『Hand of God 神の手が触れた日』に続いての登場となるナポリから、その対岸の島、カプリへと舞台を転換させる本作でも、自然の神秘と、青春のエロチシズムと、見方によっては若干低俗でコミカルな人物描写を駆使して、ナポリへの尽きぬ思いを映像に移し替えている。これまでの監督作と違うところは、主役が、『グレート・ビューティー/追憶のローマ』のように美を求めて彷徨う初老の作家でも、『LORO(ローロ) 欲望のイタリア』(18)のように悪名高きイタリアの元首相シルヴィオ・ベルルスコーニでもなく、本作が映画デビュー作となったセレステ・ダッラ・ポルタが演じるパルテノペである点。ダッラ・ポルタはソレンティーノ作品初の主演女優の登場となった。

結果、どうなったかと言うと、主役の性別や年齢に関係なく、ソレンティーノの美意識はいつも通りぶっ飛んでいた。たとえ今は斜陽でも、フランス映画や北欧映画、もちろんハリウッド映画が逆立ちしても敵わないイタリア映画伝統のクリエイティビティで勝負できる監督、すなわちフェデリコ・フェリーニの後継者は、彼の他に見当たらないと言うことだ。強いて挙げれば、同じく「過激」が絵になる同郷のライバル、ルカ・グァダニーノくらいだろうか。独特の世界観は、パルテノペがまとうファッションにも表れている。花柄のビキニやメタリックなミニドレスのストラップが、普通よりかなり細く、ドレスのスリットは深めで、つまり露出度が危うくて、パルテノぺを現実離れしたミューズらしく見せているのだ。

第77回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品され、絶賛された
第77回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品され、絶賛された[c]2024 The Apartment Srl - Numero 10 Srl - Pathe Films - Piperfilm Srl

そんなソレンティーノの企みに協力しているのは、フランスの老舗ファッションブランド、サンローランの子会社であり、ここ数年、映画制作に積極的なサンローラン・プロダクションだ。同プロダクションがプロデュースした、ジャック・オーディアール監督作『エミリア・ペレス』(24) 、デイヴィッド・クローネンバーグ監督作『The Shrouds』 (24)、『パルテノペ ナポリの宝石』の3作品が第77回カンヌ国際映画祭のオフィシャルセレクションに出品された時には、映画界とファッション界に衝撃が走った。サンローランの文化活動を牽引するのは、2016年に同社のクリエイティブディレクターに就任したアンソニー・ヴァカレロだ。昨今、ハイブランドと映画のコラボは単なる衣装提供に止まらず、映画祭でレッドカーペットを歩く出演俳優たちのコスチュームまで請け負うこともある。だが、ヴァカレロの場合は、作品のプロデューサー欄に名前がクレジットされていて(カンヌに出た3作品もそう)、映画との距離感がいっそう近く、意気込みが強いように感じる。


ヴァカレロの立ち位置は、グァダニーノが監督した『チャレンジャーズ』(24)と『クィア/QUEER』(24)の2作品に衣装を提供し、2025年、ロエべからディオールのディレクターに移籍したJWアンダーソンと似ている。パオロ・ソレンティーノ×ルカ・グァダニーノ、アンソニー・ヴァカレロ×JWアンダーソン。誰のためでもなく、ただ自分が作りたいものを作る芸術革命=ルネッサンスの末裔とも言える2人のイタリア人監督が、共にフランスの老舗ブランドの未来を担う40代の若手クリエイターと相次いで出会ったこと。時を跨いで美の追求をするプロセスで、2つのライバル関係が図らずも顕わになったのが、本作なのではないだろうか。

構成/サードアイ

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