『パルテノペ ナポリの宝石』“美しさ”を多方面からひも解くクロスレビュー。時と共に失われゆく美の“その先”とは?

コラム

『パルテノペ ナポリの宝石』“美しさ”を多方面からひも解くクロスレビュー。時と共に失われゆく美の“その先”とは?

第86回アカデミー賞外国語映画賞(現在の国際長編映画賞)に輝いた『グレート・ビューティー/追憶のローマ』(13)のパオロ・ソレンティーノ監督が、「なによりも神聖なものを扱った映画である」と語り、イタリア国内で監督史上最大のヒットを記録した『パルテノペ ナポリの宝石』(8月22日公開)。

1950年、南イタリアのナポリで生まれた赤ん坊は、人魚の名でナポリの街を意味するパルテノペと名付けられた。美しく聡明な彼女は、兄と深い絆で結ばれていた。様々な人と出会い、年齢を重ねるにつれ、美しく変貌を遂げていくパルテノペ。だが彼女の輝きが増すほど、対照的に兄の孤独は暴かれる。そしてあの夏、兄は自ら死を選ぶ。彼女に幸せをもたらしていた“美”は、愛する人々に悲劇を招く刃へと変わるが、パルテノペは果てなき愛と自由の探求を続ける。

主人公パルテノペを演じた新星セレステ・ダッラ・ポルタ(※イタリア語発音ではチェレステ)の瑞々しい“美”と、ソレンティーノ監督の故郷ナポリへの愛を、圧倒的な映像美で描き出し、青春の輝きと、愛と孤独に向き合った、巨匠の新境地かつ真骨頂と言える新たなマスターピース。イタリアのベテラン俳優、ステファニア・サンドレッリや、ソレンティーノ作品への参加を熱望していたゲイリー・オールドマンらが出演。本稿では、気鋭の映画スタジオ、A24が北米配給権を獲得したことも話題になった本作に魅せられた4名によるクロスレビューをお届け!

●映画通アナウンサーとして知られる武田真一による「映画作品としての圧倒的完成度」
●イタリア語の通訳・翻訳家である本谷麻子による「イタリアの巨匠、パオロ・ソレンティーノ監督の新境地」
●映画文筆家、児玉美月による「セレステ・ダッラ・ポルタ演じるパルテノペのヒロイン像」
●アパレル業界から転身した映画ライター、清藤秀人による「サンローラン・プロダクションの映画業界における躍進」


上記様々な視点から、本作をひも解いていく。

人生は巨大だから、あちこちで迷う(アナウンサー・武田真一)

パオロ・ソレンティーノ監督が故郷ナポリへの愛を圧倒的な映像美で表現した『パルテノペ ナポリの宝石』
パオロ・ソレンティーノ監督が故郷ナポリへの愛を圧倒的な映像美で表現した『パルテノペ ナポリの宝石』[c]2024 The Apartment Srl - Numero 10 Srl - Pathe Films - Piperfilm Srl

若さの残酷なまでの美しさ、自由への欲望、突然の悲しみ。青春とは何か、自分の人生をどう生きるのか。本作は、そうした問いに、映像と物語で答える。言葉では表せない真実の塊を手にした思いがする。これぞ映画だ!と心の中で叫んだ。

「パルテノペ」は神話の人魚の名で、ナポリの古代の呼び名でもあるそう。神話のとおり海の中で生まれた主人公パルテノペ(セレステ・ダッラ・ポルタ)は、成長して野生の宝石のような美しさを身にまとう。濡れた髪を揺らしながら彼女が海から上がってくる冒頭のシーンには思わず息をのむ。すべてのシーンが、輝く糸で複雑に織り込まれたタペストリーのよう。計算され尽くしたシンメトリーな構図はレアリスムとは対極だが、決して戯画的ではなく重厚な存在感に満ちている。パオロ・ソレンティーノ監督の紡ぐ映像美に酔いしれ、それだけで心が浄化されていく。


パルテノペと兄のライモンド(ダニエレ・リエンツォ)は、きょうだいの愛を超えた絆を分かち合っている。幼馴染のサンドリーノ(ダリオ・アイタ)は、パルテノペへの崇拝にも似た憧れを抱く。ある夏、三人はカプリ島で青春の絶頂を迎える。イタリアのシンガーソングライター、リッカルド・コッチャンテの情熱的なバラードが流れるなか、三人が抱き合ってダンスを踊るシーンは、涙がでるほど愛と切なさに満ちている。そのすぐ後に、絶望がやってくるのであるが。

パルテノペに影響を与える実在の米国人作家、ジョン・チーヴァー役をゲイリー・オールドマンが演じる
パルテノペに影響を与える実在の米国人作家、ジョン・チーヴァー役をゲイリー・オールドマンが演じる[c]2024 The Apartment Srl - Numero 10 Srl - Pathe Films - Piperfilm Srl

「あなたの美がもたらす破壊にお気づきかな」と名優、ゲイリー・オールドマン演じるアメリカ人の作家がパルテノペに予言した通り、光をなくした彼女の人生は混乱と迷いに満ちていく。映像も、沈んだ色彩に変化する。孤独を受け入れる決意と引き換えに、生きる道を見いだすパルテノペ。朝日か夕陽か、斜めに差し込む陽の光のもとで、ナポリの海を一人小舟で漕ぎ進むシーンも印象的だ。

映画の冒頭で語られる「人生は巨大だから、あちこちで迷う」という言葉は、フランスの作家、ルイ・フェルディナン・セリーヌの小説からとられたものだ。人は一つの人生しか生きることはできない。それが良きものであれ、悪しきものであれ。悲しみとおかしみと、孤独と愛と、自由と絶望と共に、歩んでいくものであろう。

「パルテノペは自由の象徴」と監督は語る
「パルテノペは自由の象徴」と監督は語る[c]2024 The Apartment Srl - Numero 10 Srl - Pathe Films - Piperfilm Srl

パルテノペのその後の人生は、描かれない。しかしラストシーンで気づくはずだ。私たちがいま歩んでいる道が、自分の居場所なのだと。

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