『罪人たち』完全ネタバレ徹底解析!数々の深淵な謎が込められた、全米大ヒットの異色ホラー映画を読み解く

『罪人たち』完全ネタバレ徹底解析!数々の深淵な謎が込められた、全米大ヒットの異色ホラー映画を読み解く

マイルズ・ケイトン

“プリーチャー・ボーイ”ことサミーを演じたのは新鋭マイルズ・ケイトン
“プリーチャー・ボーイ”ことサミーを演じたのは新鋭マイルズ・ケイトン[c]2025 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved. IMAX[R] is a registered trademark of IMAX Corporation. Dolby Cinema[R] is a registered trademark of Dolby Laboratories

映画初出演ながら準主役という大役を手に入れたマイルズ・ケイトンは「家族全員が歌を歌うか楽器をプレイできる」という音楽一家で育ったニューヨーク、ブルックリン生まれのミュージシャン兼俳優。2022年に人気R&BシンガーのH.E.R.と一緒にツアーを周り、23年にデビュー・シングル「This Ain't It」をリリース。H.E.R.に勧められて『罪人たち』のオーディションを受けたそうだが、その当時、彼はまだギターが弾けなかったという(!)。ケイトン演じる、スモークとスタックの従兄弟、サミー・ムーアが歌う「I Lied to You」(俺はあなたに嘘をついた)は、「真実は人を傷つけるとみんなが言うから、嘘をついた。俺はブルースを愛してる」という内容の、ブルースの伝統に則した苦難と回復力(レジリエンス)を歌ったパワフルなナンバーだ。

1932年

映画の舞台は1932年の米南部ミシシッピ。『罪人たち』の登場人物は、アフリカ系アメリカ人がメインだ。彼らは1929年の大恐慌の深刻な影響を受けながら、さらに人種差別的内容を含む人種隔離政策が法律として制定された「ジム・クロウ法」の真っ只中であり、1870年代に一度は姿を消した白人至上主義結社、KKK(クー・クラックス・クラン)も1920年に復活し、アメリカ南部の黒人が迫害されていた時代。この映画の真の悪役はアイルランド出身の吸血鬼レミック(ジャック・オコンネル)ではなく、人種差別主義者の地主でKKKのリーダーであるホグウッドではないか。そんなことも考えさせる。

三角白頭巾で白装束のイメージが強い、白人至上主義団体クー・クラックス・クラン(略称KKK)
三角白頭巾で白装束のイメージが強い、白人至上主義団体クー・クラックス・クラン(略称KKK)[c]Everett Collection/AFLO

アイリッシュ・ヴァンパイア

レミック率いるヴァンパイアたちが、19世紀のアイリッシュ・フォーク・ソング「ロッキーロード・トゥ・ダブリン」を歌い、踊り狂う興味深いシークエンスが終盤に登場する。レミックはなぜアイルランド人という設定なのだろうか?黒人のブルース、白人のフォークという対比と呼応以上の意味がありそうだ。ブルースは奴隷化された黒人が歌うスピリチュアルについての歌であり、労働歌。一方、アイルランド人、レミックが歌うアイリッシュ・フォークは真の苦闘についての物語。ともに遠い昔に生まれた音楽ジャンルであり、困難な状況にいかに対処するかを歌っている点で共通している。

サミーのギターの音色に引き寄せられ、レミックたちがダンスホールへやって来る
サミーのギターの音色に引き寄せられ、レミックたちがダンスホールへやって来る[c]2025 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved. IMAX[R] is a registered trademark of IMAX Corporation. Dolby Cinema[R] is a registered trademark of Dolby Laboratories

また18世紀から19世紀にアメリカに移民してきたアイルランド人たちの社会的地位は現在と比べてかなり低く、苦難が多かったという(といっても黒人のように奴隷にされていたわけではないが)。映画冒頭のモノローグ(語手はスモークのパートナー、アニー)で、真の音楽を創る才能を持つミュージシャンが過去と現在から霊を召喚し、自分のコミュニティを癒すだけではなく悪を引きつける、その特殊な力を持つグループの一つが「古代アイルランドの詩人」と語られる。

また「吸血鬼ドラキュラ」でお馴染みのブラム・ストーカーはアイルランドのダブリン出身であり、モダン・ヴァンパイアのルーツはアイルランドにあると言われているので、これも理由の一つかもしれない。クーグラー監督は「アイリッシュ・フォークに取り憑かれている。僕の子どもたちもだ。僕の名前(first name)はアイリッシュだしね」と語っている。

怪奇小説「吸血鬼ドラキュラ」で知られる、アイルランド・ダブリン出身の作家ブラム・ストーカー
怪奇小説「吸血鬼ドラキュラ」で知られる、アイルランド・ダブリン出身の作家ブラム・ストーカー[c]Everett Collection/AFLO

レミックは最初の登場シーンで、ヴァンパイア・ハンターのネイティヴ・アメリカンたちから逃れてくるが、彼の年齢は1200歳か1300歳ではないかと言われている。もしそうだとすると、アイルランドが12世紀後半から700年以上イギリスに支配されていた時代を生きていたことになる。レミックがサミーに執着する理由として「昔、愛していた者たちと再会するため」と発言していたが、サミーは音楽をプレイすることで時空を超越する特別な能力を持っているため、彼をヴァンパイアにすることで自分も同じ力を得てかつての仲間や家族と再会できると考えていたのだろう。

中国人夫婦

劇中、主人公である双子の友人であり、町で小さな食料雑貨店を営むグレースとボウの中国人夫婦が登場する。実は、クーグラー監督は義父の祖先の中にミシシッピ・デルタに住んでいた中国系アメリカ人がいたことを発見し、当時そのエリアでは中国人が経営する食料雑貨店も多かったことから、この2人のキャラクターを登場させることに決めたという。さらに、先述したサミーのライヴの驚異的なモンタージュ・シーンには、実はブラック・ミュージックだけではなく、中国の戯曲(京劇などのチャイニーズ・オペラ)のパフォーマーの姿も見える。『罪人たち』のディープな美と文化的多様性のレイヤーが垣間見られる瞬間だ。

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