エロティシズムと暴力を叙情的に描いた「4つの名美の物語」で石井隆が貫いた、美しく悲しく淫らな世界観
妖しく甘美な石井ノワールの頂点『ヌードの夜』
さて、自らのオリジナル脚本に戻った『ヌードの夜』はバブルが崩壊した東京の空気をすくい取り、なおかつノワールな探偵物の袋小路感が充満している。“代行屋”を営む紅次郎、本名・村木(竹中直人)のもとに、名美(余貴美子)がやって来る。「東京案内をしてほしい」との依頼を引き受け、ガイドをした翌日にホテルの部屋を訪れると、不在の彼女がバスルームに残していったのは腐れ縁のヤクザ(根津甚八)の屍。大いに動揺するが村木はスーツケースバッグを用意して、そこに死体を入れ、このヤバいヒロインを追いかけ始める。
やがて、ねじれた純愛が魔都に反響し、観る者の平衡感覚を狂わせてゆく。雨降る埠頭にて、車ごと海へとダイブする名美と、必死に彼女を助けようとする村木…人の“生き死に”を全身で具現化する役者たちの熱量を最大限引き出すために、様々な極限状況を用意するのが石井隆の映画世界なのだ。『ヌードの夜』は公開翌年、かのロバート・レッドフォードの推挙によって、サンダンス・フィルム・フェスティバル・イン・トーキョー'94グランプリに輝いた。のちの『ヌードの夜/愛は惜しみなく奪う』(10)では、17年後の紅次郎/村木の数奇な人生を観ることができる。
血しぶき飛び散る壮絶な復讐劇『夜がまた来る』、デ・パルマやリンチの作風を思わせる『天使のはらわた 赤い閃光』
繰り返そう。俳優同士が互いに弾け、乱反射し、ひとりひとりの発する気迫がハンパではないのが石井隆作品だ。夏川結衣が挑んだ『夜がまた来る』の名美は、ヤクザ組織に潜入していた麻薬Gメンの夫(永島敏行)を殺され、自身は身も心もズタズタにされた挙句、シャブ漬けとなる。そうして闇堕ちするも組の幹部・村木(根津甚八)の助けを得て、地の底から復讐へと動く。ネオン管光る屋上での敵の会長(寺田農)との対決――血飛沫で染まり、虚空を飛翔するビニール傘の素晴らしさよ。余貴美子と竹中直人は友情出演。『ヌードの夜』に続いて、狂犬ヤクザ役の椎名桔平が鮮烈な作品でもある。
ところで『ヌードの夜』の幻想シーンで、椎名桔平が竹中の額に銃を突きつけるや銃口が皮膚へとめり込んでいくショットはデヴィッド・クローネンバーグ的な怪異ビジョンを呼び起こすだろう。こういった“持ち札”の多さも魅力で、『天使のはらわた 赤い閃光』はさながらブライアン・デ・パルマやダリオ・アルジェント、はたまたデヴィッド・リンチあたりをも彷彿させるサイコ・サスペンス風味なのだ。
村木(根津甚八)がフリーライターで、川上麻衣子が雑誌社に勤める名美役に。ある夜、彼女は行きつけのバーで泥酔し、気が付くとラブホテルのベッドにて全裸でひとり横たわっており、室内にセットされてあったビデオカメラと男の死体を見つける。急転直下、一体何が起き、そしてそのビデオテープに映っていたものとは?『夜がまた来る』と併せて、日本屈指のシネマトグラファー「笠松則通ワークス」を堪能出来る企画だが2本撮りを敢行しており、完成はこちらのほうが先だった。
本来ならば石井隆の大メジャー作、バブル崩壊で崖っぷちの5人(本木雅弘、佐藤浩市、根津甚八、椎名桔平、竹中直人の豪華キャスト)が強盗計画を実行する“男たちの活劇”、『GONIN』(95)から観るのがビギナーには入りやすいはず。とはいえ、「4つの名美の物語」あっての『GONIN』である。いずれも名美は、忌まわしくも暴力的な“男性原理”の被害者で、深い業を背負っている。一方、属性的に村木は加害側にいるのだけれども、運命の出会いによって変容していく。そんな土屋名美と村木の物語のバリエーションに触れることは、映画を通して心抉られつつ「忘我の異空間」へと溶け込んでゆく稀な体験となるだろう。
文/轟夕起夫