「本当の絆に心惹かれる」『シンシン/SING SING』が描く“美しい友情と切実な願い”を、映画のプロたちが語りつくす

「本当の絆に心惹かれる」『シンシン/SING SING』が描く“美しい友情と切実な願い”を、映画のプロたちが語りつくす

「演劇は『生きるか死ぬか』の“生きる”ほうを選択する手段」

メンバーたちは演劇のプロセスを通じ、自分自身を見つめ直していく
メンバーたちは演劇のプロセスを通じ、自分自身を見つめ直していく[c] 2023 DIVINE FILM, LLC. All rights reserved.

別所「演劇をちょっとかじった身からすると、あのプログラムが刑務所にあることはすごくいいと思いました。私の経験ですが、演劇ってすごくストレス発散になるんです。普段は出せない自分の感情をバッと爆発させられる場であり、それにより誰かに迷惑をかけたりしない。むしろ、それを求められる場というのもあって。劇中では、まったく演劇をやったことのないアイが誰かを演じることや、自分の思っていない感情を引きださせられることに抵抗感を持つ様子が描かれていますが、それを乗り越えた先にある“誰かになれる”というフェーズにいくとすごく気持ちいいというか。そういうプロセスも描かれていたので、演劇の魅力や、演劇が持つ力を感じさせられました」

SYO「そうですね。収監者たちのなかには、犯罪者になる以外の選択肢がなかった人物の背景も描かれています。僕も学生時代に言われたことなのですが、演劇のいいところは準備がいらないこと。身一つでできるのが演劇のよさだし、個々の環境や言語等の壁も超えていけるオープンな表現です。塀の中でままならない人生の中でも“if”を感じられるし、こういう人生を送れていたら…と考えられるのはすごく素敵だと思いました。演劇が持っているセラピー性がしっかり出ていましたよね。演劇によって救われた人がいる、それを映画にする人、観る人たちがいる、アカデミー賞にノミネートされるということも含めて、伝播していく様子を感じることができました。ものを作る人への応援歌のような側面もある気がしています」

演劇を通して他者とつながり、自分自身の本心と向き合っていく
演劇を通して他者とつながり、自分自身の本心と向き合っていく[c] 2023 DIVINE FILM, LLC. All rights reserved.

羽佐田「この映画でいうと、彼らにとって演じることというのは、獄中の長い時間から脱していく手段。『頭のなかで出所できる』という登場人物の言葉もありましたが、つらい境遇を克服して、ハムレットのセリフの『生きるか死ぬか』の“生きる”ほうを選択する手段にもなっている。そういう部分では本当にセラピー的なものに近いということを強く感じました。いわゆる役者ではなく、元監修者が演じているということにも改めて驚かされます。プログラムで演技を経験した方たちとはいえ、映画の中ではプロの俳優と元収監者の方の区別がつかないほど、物語に引き込まれていきました」

別所「本当にそうですね!自分を演じるって実は一番難しいと思っているのですが、それをあんなにナチュラルにできるのもすごいし、長回しが多かったのもすごいなと」

時に衝突しながら友情を築いていくRTAのメンバーたち
時に衝突しながら友情を築いていくRTAのメンバーたち[c] 2023 DIVINE FILM, LLC. All rights reserved.

SYO「凝ったエンドロールも素敵でしたよね。実は本人が演じていましたというのを知って『そうだったんだ』と思うと同時に、更生プログラムが成功していることも知れて、よかったと思える瞬間でした。実際に収監されていた経験があると、根底に流れる痛みや悲しみの表現をロジカルに処理するのはなかなか難しいと思うんです。しかしそのぶん、本人の経験に裏打ちされた凄みが彼らの目や雰囲気に出ており、それらをグレッグ・クウェダー監督が1本の映画に昇華させていました」

羽佐田「コールマン・ドミンゴのインタビューで『周りのキャストは、収監されていた経験があるからこそ生々しい演技をするので、自分自身もいつもよりすごく生々しい演技になった』と言っていて。そういう作用もすごくあったんじゃないかなと想像しています」

SYO「先ほども少し話に上がった、本作の特徴の一つに長回しカットの多用がありますが、嘘がない空間でしたよね。元収監者の方々が限りなく本人に近い役を演じる異質な状況で、主演としてバランスを取りながら、主人公としての見せ場もこなし、物語としての引力も請け負う。コールマンは本当に苦労したと思いますし、そこを含めてのオスカーノミネートかなと思います」

オスカーノミネート俳優、コールマン・ドミンゴの演技が光る
オスカーノミネート俳優、コールマン・ドミンゴの演技が光る[c] 2023 DIVINE FILM, LLC. All rights reserved.


別所「こういうプログラムは日本にもあるのかなということを考えるきっかけにもなりました。映画というエンタメがそういうきっかけになるのはすごく入りやすいし、影響力もあっていいなと改めて思いました」

羽佐田「私の子どもが参加しているのは、演劇の力を借りて心の内の感情を理解していくようなプログラムなのですが、それによって世界と接続していくことで、初めての友達もできたりすることを目の当たりにしているので、映画を観た時もこのプログラムはすごくいいと思いました。『プロセスを信頼する』という言葉が何度も出てきたのがすごく印象的。有罪か無罪みたいなことばかりを押し付けられる人たちにとって、プロセスを信頼するという過程はものすごい力になっているのではないかと想像しました」

「観終わったあとに誰かと話したくなる」と映画ライターたちも絶賛する『シンシン/SING SING』
「観終わったあとに誰かと話したくなる」と映画ライターたちも絶賛する『シンシン/SING SING』[c] 2023 DIVINE FILM, LLC. All rights reserved.

SYO「A24がいま、この映画を世に届ける意味をすごく考えました。安易な感動を許さない作品だと思いますし、僕はそこがすごく好きでした。いまはやり直しを許さない時代と言われるけれど、そのひずみを感じながらも、じゃあ自分が手を差し伸べられるのか、という矛盾や葛藤は皆が抱えていることではないでしょうか。そんな世界で映画になにができるのかと考えた時に、どのレイヤーで観るかによって意見が分かれるような、エンタメらしいエモーショナルなシーンもたくさんありながら、現実的な苦味も入っているこの作品はすばらしいと思いました」

羽佐田「苦みも甘みも、というのは本当にこの映画の魅力ですよね。一度観たらなんかわかるものがある。受け取るものも人それぞれあるし、観終わったあとに誰かと話したくなる、語りたくなる映画なので、まずは観てほしいと思います」

取材・文/タナカシノブ

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