まさに“時の人”となった『ANORA アノーラ』ショーン・ベイカー監督に単独インタビュー。アノーラ、イヴァンのキャスティング秘話も

インタビュー

まさに“時の人”となった『ANORA アノーラ』ショーン・ベイカー監督に単独インタビュー。アノーラ、イヴァンのキャスティング秘話も

「インディーズ映画を存続させるために協力し合いましょう」

【写真を見る】初のオスカーを獲得したショーン・ベイカー監督にインタビュー!
【写真を見る】初のオスカーを獲得したショーン・ベイカー監督にインタビュー![c]A.M.P.A.S.

アカデミー賞に至るまでの各賞で、受賞するたびにベイカー監督はインディペンデント映画と映画館の存在について警鐘を鳴らしてきた。そのなかでも最も人々の心を打ったのは、インディペンデント・スピリット賞でのスピーチだろう。
「私たちの価値に見合った報酬を要求しましょう。皆さんなら、その価値があることを証明できるでしょう。これ以上自分たちを過小評価することなく、共に協力し合いましょう。フィルムメイカー、エージェント、出資者、セールス・カンパニー、配給会社など、クリエイターがインディーズ映画を継続的に制作し、インディーズ映画を存続させるために協力し合うのです」

「人々は映画館で一緒に映画を観ることのすばらしさを忘れてしまった」

映画を作るには平均3年かかるが、コロナ禍や配信サービスの台頭によって、映画館で長期的に映画を上映する機会が減り、ソフト販売で興収を担うビジネスモデルも崩れた。インディペンデント映画を支えてきたミニシアターも年々減っている。ベイカー監督自身も、17歳のころから映画館で働き始め、映写技師や支配人も務めた。映画館での共同体験を重視し、米配給会社のNEONにも、「できるだけ長く劇場で公開してほしい」と懇願したそうだ。「パンデミックやストリーミングサービスの台頭で、人々は映画館で一緒に映画を観ることのすばらしさを忘れてしまったようでした。『ANORAアノーラ』を観た観客から『映画館で観られなくなってしまった種類の映画だ』という意見を聞きました。映画館でフランチャイズ作品を観ることはあっても、キャラクター主導型やドラメディ作品(ドラマとコメディ融合の映画)は残念なことに、映画ではなくテレビシリーズや、劇場以外の場所で観ることがほとんどでしょう」と現状を分析し、アカデミー賞での監督賞受賞スピーチでも、映画館で映画を観る体験の重要性を訴えた。

1970年代の映画から強い影響を受けているという『ANORAアノーラ』
1970年代の映画から強い影響を受けているという『ANORAアノーラ』[c]2024 Focus Features LLC. All Rights Reserved. 

カンヌ映画祭で審査員長を務め、最高賞のパルムドールを授与したグレタ・ガーウィグは、「真実味がありながら、予想外の展開を見せる、エルンスト・ルビッチやハワード・ホークスの作品構造のような古典からの影響が感じられました」と選出理由を述べていた。ガーウィグが挙げた作家のほかにもベイカー監督の映画スタイルには様々な影響が見られる。今作は特に70年代の映画から強い影響を受けており、「参考にした作品のリフェレンスはあちこちにあります。撮影スタイルに関係するものもあれば、キャラクターの感情に関係するものも。ニューヨークをとてもオールドスクールな方法で撮影したかったので、撮影監督のドリュー・ダニエルズとともに『フレンチ・コネクション』(72)や『サブウェイ・パニック』(75)など、オーウェン・ロイズマンが撮影したニューヨークの映像を研究しました。マイキーにはフランスのヌーヴェルヴァーグの映画や、『ヴァンピロス・レスボス』(71)など、強い女性が活躍するアクション映画を何本か薦めました」と語る。『ANORAアノーラ』を観た映画ファンがこれらのたくさんの名作映画からの引用を発見してくれるのが、映画少年だった自分の喜びでもあるという。

「グレタが映画界全体に対して行ってきたこと、彼女が『バービー』で映画館での鑑賞体験を存続させてくれたことに感謝しています。素晴らしい監督や俳優たちがカンヌの審査員を務めていて、私は本当に恵まれていると感じました。彼ら審査員のなかで、是枝監督とは非常に強い繋がりを感じています。私たちは似たような映画を作っていますし、彼は私に大きな影響を与えてくれた映画監督だからです。『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』を制作する際、彼が子どもたちと映画を撮る方法を学ぼうと是枝作品を研究しました。つまり、是枝監督は私の人生を2度変えてくれました。1度目は映画監督を目指す際に、そしてパルムドールの審査員として」と、畏敬の念を示す。

『ANORA アノーラ』は公開中
『ANORA アノーラ』は公開中[c]2024 Focus Features LLC. All Rights Reserved. 


ANORA アノーラ』の物語や600万ドルの制作規模だけを見ると、「これがパルムドール?これがオスカー作品賞?」と疑問を抱くかもしれない。だが、ショーン・ベイカー監督が培ってきた映画史の影響と引用、映画業界に鳴らす警鐘と動機づけは、いままさにハリウッドが必要としていることだ。抜群におもしろく、観る人によって異なる印象を受ける本作は、映画館で大勢の観客と観て語り合うためにある。

取材・文/平井伊都子

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