まさに“時の人”となった『ANORA アノーラ』ショーン・ベイカー監督に単独インタビュー。アノーラ、イヴァンのキャスティング秘話も

インタビュー

まさに“時の人”となった『ANORA アノーラ』ショーン・ベイカー監督に単独インタビュー。アノーラ、イヴァンのキャスティング秘話も

「映画館を出たらすぐにマイキーのエージェントに電話しよう」

アカデミー賞主演女優賞を受賞!アノーラを演じたしたマイキー・マディソン
アカデミー賞主演女優賞を受賞!アノーラを演じたしたマイキー・マディソン[c]2024 Focus Features LLC. All Rights Reserved. 

主役のアノーラを演じたマイキー・マディソンは、ほぼすべての賞でノミネーションを受け、BAFTA(英国アカデミー賞)では主演女優賞に輝き、本年度のアカデミー賞でも主演女優賞を受賞した。クエンティン・タランティーノ監督の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(19)で、マディソンの「映画の最後の15分間を独り占めしているダイナミックな演技」に感銘を受け、『スクリーム』(22)を観てひらめきを感じたそうだ。「隣で観ていたプロデューサーで妻のサマンサ・クァンに、『映画館を出たらすぐにマイキーのエージェントに電話しよう』と言いました。偶然にも『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』(18)のムーニー役を演じたブルックリン・プリンスと同じエージェントに所属していました。実際に会ったマイキーは役柄とは正反対のもの静かで思慮深い女性で、スクリーンで観た姿は、彼女の演技力の証だったと気づきました」という。さらにマディソンの勤勉さ、仕事にかける情熱を賞賛する。「マイキーは、この役柄に全身全霊を傾け、懸命に努力し、私たちの期待を遥かに超える演技を見せています。彼女との出会いは、自分たちが正しいキャスティングをしたという自信を与えてくれました」

ロシアの御曹司・イヴァン役を熱演したマーク・エイデルシュテイン
ロシアの御曹司・イヴァン役を熱演したマーク・エイデルシュテイン[c]2024 Focus Features LLC. All Rights Reserved. 

イヴァン役のマーク・エイデルシュテインの起用にもおもしろいエピソードがある。天真爛漫で突飛な行動が様になる身体性を持った俳優を、ポップスターも含めあらゆるエージェントやSNSを使い探していたが見つからず、先にイゴール役に決まっていたユーリー・ボリソフの推薦でエイデルシュテインと出会った。ロシアに住む彼が送ってきたセルフテープ(オーディション用に自分で撮影した映像)は、「マークはニット帽を被ってタバコを吸い、カメラに背を向け、振り返るとカメラが絶妙に局部を避けてズームしていく映像でした。いままで見たなかで一番おもしろいセルフテープでした」。一発で大役を掴んだエイデルシュテインは、撮影においても期待をはるかに上回る演技を披露。「マークは古典的な演技訓練を受けてきた俳優なので、映画制作のメカニズムをよく理解していました。常にカメラ位置を把握し、自分がどの角度から撮影されているかを理解していました。素晴らしいテイクを与えてくれているのはわかっていたのですが、彼が真の天才だと気づいたのは、映画を編集している時でした。マークはすべてのテイクで微妙にバリエーションを変えて演技をしていました。つまり、彼は編集者のことを考え、ポストプロダクションにおけるカットの選択肢を与えてくれていたのです。それができる俳優は本当に珍しい」とベイカー監督は絶賛する。


「様々な意見を持つ人々が議論を交わし、分析できるような映画にしたい」

幸せを勝ち取ろうと全力で奮闘するアノーラの、等身大の生きざまが描かれる
幸せを勝ち取ろうと全力で奮闘するアノーラの、等身大の生きざまが描かれる[c]2024 Focus Features LLC. All Rights Reserved. 

ベイカー監督の作品は常に社会の周縁に生きる人々に焦点を当ててきた。『ANORAアノーラ』でも、階級や文化の隔たりを描き、職業や出自に対する偏見を取り除こうとする。カンヌ映画祭のパルムドール受賞スピーチで、「過去、現在、そして未来のセックスワーカーに捧げます」と挨拶した。「たった一本の映画が大きな変化を起こせるかどうかはわかりませんが、小さな一歩になることはできます。不当な汚名を取り払うことが、私が自分の映画でずっとやってきたことです。いつも、様々な意見を持つ人々が議論を交わし、分析できるような映画にしたいと思っています。映画をご覧になった、いわゆる年配の保守的な観客、つまり、性産業従事者を擁護する層ではない観客から、アニーのキャラクターに共感した、彼女を応援したという話を聞き希望を感じました。それがすべてだと思いました。なぜなら、映画が少なからず影響を与えていることを意味するからです」。本作を観た観客は、映画前半の印象と全く異なる視点を持って映画館を後にする。そして、もう一度映画を観たくなる。それはアカデミー賞で編集賞を受賞したベイカーの巧みな編集術によるもので、人が見ているものごとや感じ方は玉虫色であると気づかせる。それがベイカー監督が言う「たった一本の映画が小さな影響を与える」ことであり、映画はアニーの選択だけでなく、ロシアとウクライナの戦況やセックスワーカーに対する視点にも変化をもたらす。

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