悪人を劇中で裁けば、“現実”は解決するのか?『DIGGER/ディガー』の“ゆらぎ”がもたらす余波【小説家・榎本憲男の炉前散語】

悪人を劇中で裁けば、“現実”は解決するのか?『DIGGER/ディガー』の“ゆらぎ”がもたらす余波【小説家・榎本憲男の炉前散語】

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小説家で、映画監督の榎本憲男。銀座テアトル西友(のちに銀座テアトルシネマ)や、テアトル新宿の支配人など、映画館勤務からキャリアをスタートさせた榎本が、ストーリーを軸に、旧作から新作まで映画について様々な角度から読者に問いかけていく「小説家・榎本憲男の炉前散語」。第20回は、『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(14)でアカデミー賞作品賞を受賞したアレハンドロ・G・イニャリトゥ監督が、トム・クルーズとタッグを組んだオリジナル最新作『DIGGER/ディガー』(公開中)をピックアップ。世界中で賛否両論を巻き起こし大きな話題を呼んでいる本作だが、その要因はどこにあるのか。映画の構造に注目しながら、ネタバレありで『DIGGER/ディガー』の表現の核心に迫ります。

※本記事は、『DIGGER/ディガー』のネタバレ(ストーリーの核心に触れる記述)に該当する要素を含みます。未見の方はご注意ください。

デイヴィッド・ロックフェラーを思わせる主人公像

タイトル『DIGGER/ディガー』にある“ディガー”は人名です。石油の掘削から身を興した大富豪の名としてはあまりにもハマりすぎていて、最初はニックネームかなと思ったのですが、堂々とディガー・ロックウェル(Digger Rockwell)と紹介され、配給会社からもらったプレスシートにもあだ名やミドルネームだという注記はありません。

ともあれ、本作は、ディガー・ロックウェル(クルーズ)を語り、評価しようとする映画です。ただ、この映画は、巧妙でかなり奇抜な語り方をしており、そのことが作品に不可思議な“ゆらぎ”を起こしています。そして、その“ゆらぎ”にこそ表現の核心があります。本作に対する批評は、この“ゆらぎ”を伴う語りに集中し、評価は、この手法が功を奏しているかどうかで割れているようです。では、物語を追っていきましょう。

愛猫マギーの衰弱を受け入れられないディガー
愛猫マギーの衰弱を受け入れられないディガー[C] 2026 WBEI and Legendary

冒頭で、豪華な寝室で朝を迎えたディガー・ロックウェルは、愛猫マギーをやさしくいたわるのですが元気がありません。かけつけた獣医が、年齢も年齢なのでもうそろそろ死期を覚悟したほうが、と助言すると、ディガーはこの高名な獣医を即刻クビにしてしまいます。また、グリーンランドの採掘現場からの耳の痛い報告をする現場監督にもクビを仄めかす。すると相手は、「ではもうすこし調査します」とか、「可能性が……」などという言葉を口にしてぼやかしてしまいます。どうやらこの石油王は、いつもこのような手を使って、自分の耳に心地よいレポートだけを聞くよう仕向けているようです。

ところが、ここに環境安全責任者であり、科学者でもあるガネシュ(リズ・アーメッド)が現れ、ディガーが石油採掘をあまりに大胆にやりすぎたことによって、巨大な棚氷がグリーンランドから剥がれ、ものすごい勢いでヨーロッパ大陸に突き進んでおり、このままいけば大惨事になると断言するのです。こうなるとディガーもこの現実に対処しなければならなくなります。まず彼は大統領(ジョン・グッドマン)とその閣僚を自宅に呼び寄せます。でも、これはちょっと奇妙ですよね。「いやはや大変なことになりました」とホワイトハウスに飛んでいくのならともかく、国家元首を自宅に呼びつけるなんて。このくだりを見て僕は、「ははあ、ディガー・ロックウェルはデイヴィッド・ロックフェラーのパロディなのだな」と思いました。

大富豪ロックフェラー家の第3代当主、デイヴィッド・ロックフェラー
大富豪ロックフェラー家の第3代当主、デイヴィッド・ロックフェラー[c]Everett Collection/AFLO

デイヴィッド・ロックフェラー。スタンダード石油を設立した、石油王ジョン・D・ロックフェラーの孫。政財界に巨大な影響力を持ち、大統領や各国首脳とも直接交渉するような人物でした。外交問題評議会(CFR/米外交政策に強い影響力を持つ超党派シンクタンク)議長、三極委員会創設者、チェース・マンハッタン銀行会長などを務め、国際金融・外交・政財界に隠然たる、しかし強力な影響力を及ぼしていました。「ロックフェラー回顧録」(デイヴィッド・ロックフェラー/著 、楡井浩一/訳)には、我こそが国際社会のリーダーなのだという自負(というか憍慢というか)が溢れています。また、ロックフェラーは慈善事業にも積極的に取り組むことでバランスをとっていたようにも感じます。『DIGGER/ディガー』では、異母妹のエマ(ザンドラ・ヒュラー)がディガーの石油とは正反対に、再生可能エネルギーの会社を経営していますが、彼女の会社が完全にディガーのコントロール下にあるのは、バランスを取るための“意図的な両天秤”にちがいありません。


■榎本憲男 プロフィール
1959年生まれ、和歌山県出身。小説家、映画監督、脚本家、元銀座テアトル西友・テアトル新宿支配人。2011年に小説家、映画監督としてデビュー。近著には、「アガラ」(朝日新聞出版)、「サイケデリック・マウンテン」(早川書房)、「エアー3.0」(小学館)などがある。「エアー2.0」では、第18回大藪春彦賞の候補に選ばれた。映画『カメラを止めるな!』(17)では、シナリオ指導として作品に携わっている。


小説家・榎本憲男の炉前散語
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