押井守が解説する『リトル・ダンサー』の特異性「コーチ映画でやるべきことをやらない」【押井守連載「勝手にジャンル。」第3回後編】

押井守が解説する『リトル・ダンサー』の特異性「コーチ映画でやるべきことをやらない」【押井守連載「勝手にジャンル。」第3回後編】

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映画を観るうえで指標の一つとなる“ジャンル”。押井守連載「勝手にジャンル。」では、押井監督が「ホラー」や「SF」など一般に周知されているジャンルではなく、独自の目線で“新しいジャンル”をつくり、さらなる映画の愉しみ方を追求していきます。

今回の連載では、一つの新ジャンルにつき連載3回分、代表的な作品を例に挙げつつ押井監督が解説していく形式となっています。第3回後編では「コーチ映画」について、前編に引き続き『リトル・ダンサー』(00)を取り上げ、コーチ映画でやるべきことを省いた作劇や、押井監督の“師匠”について語っていきます。

「私の師匠は大変厳しい人だったけれど、師匠の役割はちゃんとわかっている人だった」

――今回は『リトル・ダンサー』の後編です。「コーチ映画」の3本目に本作を選んだ理由を押井さんは「少年を導くおばさんが気に入ったから」とおっしゃっています。

「チェーンスモーカーで太めの、どう見たってバレエとは縁がなさそうなおばさん。そんな彼女が少年の才能に気づきバレエ学校を勧めるわけだけど、コーチがワザを仕込むシーンがない。それでもコーチ映画は成立するというのがこの映画なんです。おばさんがいなければロンドンのバレエ団の門は叩けなかったんだから、コーチとしてちゃんと機能しているわけ。そして、私の大好きな代替不能な存在でもある。ああいう貧しい炭鉱町でバレエの先生、それもちゃんと中央に中継できるようなコーチに出会うなんてこと、まずありませんから。
もう一つは引き際。『さよならゲーム』(88)のおばさん(スーザン・サランドン)と同じように、ちゃんと引き際を知っている。私はこの映画を観て、コーチ最大の教えは『コーチの座を譲ること』という大変いい教訓を得ましたから。この子は自分を超えると思ったら、自分より上位の者を紹介するということだけど、そう簡単にできるわけじゃない。自分をちゃんと客観視できて初めて可能になる。そうやって初めて優れたコーチになるんです。

コーチを演じたのは、「ハリー・ポッター」のロンの母親役でもおなじみのジュリー・ウォルターズ
コーチを演じたのは、「ハリー・ポッター」のロンの母親役でもおなじみのジュリー・ウォルターズ[c]Album/アフロ

おばさんにはおばさんなりの動機があり必然性もあったし、ちょっとだけ野心も芽生えた。このまま炭鉱町のバレエの先生で終わりたくはないと思ったかもしれないけど、弟子と一緒にのし上がろうとは思わない。潔いんですよ。ほら、ラストに父親と兄さんが成長した息子のステージを見に行くじゃない。ゲイの幼馴染も来ているけどコーチだったおばさんはいない。自分がいる場所じゃないとわかっているから来ないんです。ちゃんと監督は考えているんだよ。このおばさんを演じた役者も上手いよね」

――押井さん、そのイギリス女優はジュリー・ウォルターズという人で、この映画でアカデミー賞助演女優賞にノミネートされていますよ。

「そうなんだ。やっぱり上手いよ。つい目が行っちゃうから。邦題は『リトル・ダンサー』だけど…って原題はなんだっけ?」

――少年の名前をとった『Billy Elliot(ビリー・エリオット)』です。

「そうそう。そうやって少年を真ん中に置きながら、彼のことはほとんど憶えてないんだよね。このコーチのおばさんとかお父さんとか、認知症のおばあちゃんとか。少年を除いて、『ああ、こういう人っているよ』みたいな感覚を憶えてるから。周囲の人間のほうが圧倒的におもしろいんですよ。人と人との関わりばかりを描いていて、この手の映画にあるべき“お肉”、つまり少年のがんばる姿が少ないの。それでもおもしろいのは、周りの大人たちの描写も演技も優れているからです。違う言い方をすると、コーチ映画でやるべきことを省いて、コーチ映画でやらなくてもいいことを一生懸命やっている。この監督、かなりのツワモノだよ」

ストイックな演出を称賛する押井監督
ストイックな演出を称賛する押井監督撮影/河内彩

――監督はスティーブン・ダルドリーです。これが長編監督デビュー作でしたが、アカデミー賞監督賞にノミネートされました。ちなみにそのあと、『めぐりあう時間たち』(02)、『愛を読むひと』(08)、『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』(11)と、ずっとアカデミー賞にノミネートされています。『ものすごく~』は作品賞で、あとは監督賞と作品賞です。

「へー、やっぱりただ者じゃなかったんだ。普通、これだけお肉を削ったら破綻しそうなんだけど、ちゃんと成立しているのは監督の力だよ。本来、この手の映画で監督が要求されそうなことをことごとくかわしている。たとえば冒頭、父親と長男はスト破りが乗っているバスに卵とかを投げつけている。それが後半、父親は息子の夢を叶えるためのお金が必要になり自らスト破りとなってバスに乗る。この2つのエピソードを同じアングルで撮っているんです。そういうことができるのは監督としてただ者じゃない。簡潔だけどとても説得力がある演出ですよ。だから、ちゃんと彼らの人生を感じる映画になっているの。この監督は少年が芸を極めて行くプロセスを見せたかったんじゃなくて、彼を取り巻く人々のドラマを見せたかった。炭鉱町のありさまも含めて。だから、そういうワザを磨くシーンはこの監督にとってはいらなかったということです。そういう潔さがあるんですよ、この監督には。
私はこの映画、最初は観るつもりはなかったんだよ。もちろん、存在は知っていたし、大ヒットしたのも知っている。少年がすばらしいダンサーに成長する話でしょ?と思っていたら冒頭の3分からしてもう違うから、座り直して観たんです」

『リトル・ダンサー』で印象に残るシーンはバレエ以外のシーンが多い
『リトル・ダンサー』で印象に残るシーンはバレエ以外のシーンが多い[c]AFLO

――冒頭の3分で映画の良し悪しがわかるといつもおっしゃていますからね。

「私の師匠(鳥海永行)は1話を観ればすべてわかると言っていて、新番組の第1話は必ずチェックしていた。全話観なきゃダメというのは、その作品がもうダメってことなんだよって。なぜなら、監督のやりたいことが全部出るのが第1話だから。よく一緒に鑑賞していましたよ。『なにかやろうという気概のある監督はいねえ』というのがいつもの感想。師匠は大変厳しい人だったけれど、師匠としての役割はちゃんとわかっている人だった。『演出家の分というものを教えてあげるのがオレの仕事』と言っていたよね。容赦なくクビにしたのもそのためで、『お前は帰れ』と言ってやるのがその人のためだということ。その一方で、引っかかるヤツは自動的に引っかかる。それが私ですよ。鳥さんに就きたかったから追っかけて(スタジオ)ぴえろに移籍したんだからね。『ニルスのふしぎな旅』をやる時、最初の絵コンテで評価してくれて即ローテーションに入れてくれた。鳥さん的には最大限の絶賛ですよ。その代わり、日々はもうコテンパだったけどさ(笑)』


前連載に加筆・再編集し書籍化した「裏切り御免!」が12月7日(月)発売!
著者:押井 守
構成・文:渡辺麻紀
発売日:2026年12月7日(月)※一部、発売日が異なる地域がございます。
定価:¥3,000(税込¥3,300)
仕様:A5変形(138×210mm)/320P
発行:株式会社ムービーウォーカー
発売:株式会社KADOKAWA
※内容・仕様は変更になる場合があります。
※詳細はこちらをご確認ください。

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