押井守が『リトル・ダンサー』に重ねた幼少期の境遇「邪な動機で興味をもちそうなんだけど、彼は違う」【押井守連載「勝手にジャンル。」第3回前編】
映画を観るうえで指標の一つとなる“ジャンル”。押井守連載「勝手にジャンル。」では、押井監督が「ホラー」や「SF」など一般に周知されているジャンルではなく、独自の目線で“新しいジャンル”をつくり、さらなる映画の愉しみ方を追求していきます。
今回の連載では、一つの新ジャンルにつき連載3回分、代表的な作品を例に挙げつつ押井監督が解説していく形式となっています。第3回では、引き続き新ジャンル「コーチ映画」について『リトル・ダンサー』(00)を取り上げ、その定義を解説していきます。
「少年を取り巻く生活環境が私の幼少期とよく似ていたんです」
――押井さんの新連載、「勝手にジャンル!」の最初のジャンルは「コーチ映画」です。これまで『さよならゲーム』(88)、『北国の帝王』(73)を紹介しましたが、その3本目は『リトル・ダンサー』。日本でも大ヒットした2000年のイギリス映画です。本作のコーチとなると、主人公の少年、ビリー・エリオットにバレエを勧めるチェーンスモーカーのおばさんですか?
「そうです。あのおばさんが私、大変気に入ったんです。一見するとバレエとは縁遠い感じじゃない?中年のおばさんだし、ずーっとタバコを吸い続けているし、そもそも太っている。昔はバレエをやっていたんだろうけど、いまはその片鱗すらない。にもかかわらず子どもたちにバレエを教え始めたのはなぜかと言えば、失業中の旦那に昼間っから押し倒されるのがイヤだから。若い才能を育てたいとか、バレエから離れられないというような理由じゃないんですよ。この理由がまず気に入った。
さらに少年を取り巻く生活環境。これが私の幼少期とよく似ていたんです」
――舞台はイギリスの小さな炭鉱町。炭鉱ストライキの真っ最中でほとんどの住人が貧困に喘いでいる。ビリー少年の家も例外ではなく父親と兄がストで失業中…という設定ですね。母親は亡くなり、認知症っぽいおばあちゃんがいる。
「オヤジは息子に使い古したボクシングのグローブを譲り、毎日、50ペンスあげる。ボクシングのコーチに渡すレッスン代だよ。イギリスの労働者階級の男子がやることと言えばボクシングかサッカーと決まっている――このお小遣いが私の幼少期に重なるんですよ。私のオヤジはなにも買ってくれなくて、おふくろが毎日、20円のお小遣いをくれた。その20円をなにに使うか煩悶するわけ。画用紙を買おうか、コロッケを買って食っちゃうか。いや、それよりも焼き芋がいいかな?20円を貯めてなにか大きなものを買うなんて頭はないの」
――この50ペンスは当時の為替でおよそ160円くらいらしいですが、一家の生活っぷりを見ていると500円くらいの価値があったのでは?という意見もありました。
「暖房の薪さえ買えない生活苦のなかでその金額を絞り出すんだからこのオヤジ、ぶっきらぼうとはいえ息子への愛はちゃんとあるんですよ。ところが、息子は違うことに興味をもってしまう。ボクシングの隣で開いていたバレエ教室。こっそりそっちに行ってのぞき見したりして叱られたりする。普通、この設定だとバレエ教室に好きな女の子がいてとか、女の子のレオタード姿が気になってという邪な動機で興味をもちそうなんだけど、彼は違う。純粋にバレエに興味をもつ。私はこれが謎だった。そういう設定は共感しにくい。とりわけ男だと。でも監督は、敢えてそうしているとしか思えない」
――はい、そういう感じでした。結果、ビリーくんは女子に交じってバレエを始める。
「そういう少年の情熱というか夢を合理化するために、オヤジを大激怒させる。『バレエなんて、男がやるものじゃない。サッカーやボクシングをやれ』ってね。私も高校生の時、父親に『オレの息子がアカになりやがった』と言われたことに重なるんだよ。
でも、そこからが大きく違う。私とは異なり、少年にはコーチが現れる。くだんのチェーンスモーカーの太ったおばさん。彼女の娘もバレエ教室にいて、レッスンを開いている理由を教えてくれる。それが旦那とセックスするのがイヤだから。このおばさん、動機はそうだったんだけど、少年の才能に目を留める。まさに磨けば光る原石を見つけた!なんだけど、映画を観ている限りではこの少年、才能があるようには見えないんだよ――バレエは素人の私が見る限りではだけど」
著者:押井 守
構成・文:渡辺麻紀
発売日:2026年12月7日(月)※一部、発売日が異なる地域がございます。
定価:¥3,000(税込¥3,300)
仕様:A5変形(138×210mm)/320P
発行:株式会社ムービーウォーカー
発売:株式会社KADOKAWA
※内容・仕様は変更になる場合があります。
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