作家・燃え殻が映画『mentor』の深遠な人間描写に感じた恐怖と共感「人は誰もが自分の過去に意味を見出したくなる“運命論者”」
『空白』(21)では娘を事故で亡くしたことを受け入れられない父親、『ミッシング』(24)では行方不明となった娘を必死に捜す母親の心の歩みを見つめた吉田恵輔監督。最新作『mentor』(10月16日公開)では、火事を起こした加害者と被害者の奇妙な関係と感情の揺らぎを、吉田監督にしかできない視点で描き出している。
15年前の花火遊びでアパートを全焼させ、大火傷を負った男・埜本(綾野剛)から妻子を奪ってしまった龍之介(磯村勇斗)と拓海(末澤誠也)。すべてを奪われながらも拓海を優しく赦し、“メンター”として寄り添う埜本との再会が、3人の運命を再び狂わせていく――。
公開に先立ち、MOVIE WALKER PRESSでは、ひと足早く本作を鑑賞した作家の燃え殻にインタビューを敢行。かねてより吉田作品の大ファンで、ロケ地である沼津に父方の実家があり、映像の中に見慣れた風景があったという燃え殻。「オチが1ミリも読めなかった」と振り返りつつ、“小さなメンター”“運命の点呼”とキャッチーなワードを連発しながら、自身の体験も交えて作品の感想を紡いでいった。
「『これでもまだ気持ちを爆発させないんだ…!』の連続でした」
――燃え殻さんは、もともと吉田作品の大ファンだったそうですが、本作についてはどんな心構えでご覧になりましたか?
「まず、『mentor』というタイトルを聞いて、それから予告編を見て、『これ、どうするんだろう?』と思っていました。本編が始まってからも、ずっと『オチが見えない!どうするんだろう?』という状態でした」
――作家の燃え殻さんでも、展開は読めませんでしたか?
「もちろん、まったく読めませんでした。ずっと裏の裏をかかれて、『まだ爆発しない、まだ爆発しない…!』の連続で。綾野剛さん演じる埜本がいつブチ切れるのか。登場してから、ずっと気が気じゃない。『自分だったらもう40分前にブチギレてる!』と(笑)。でも、綾野さんはキレない、キレない、キレない…。綾野さんがブチギレないことで、物語がどんどん不穏なほうに転がっていく(笑)」
――「笑える」という評判も聞いていましたが、私はとても喰らってしまいました。燃え殻さんは笑えました?
「僕は節々で笑いましたよ。後から振り返ると、それぞれのキャラクターの感情の針が振り切れるポイントが、『絶対ここでしかない』って思える絶妙なタイミングなんですよね。『コップの水、いま決壊しました!』っていう(笑)。予測不可能なうえに、あの3人が次々と見舞われていく状況があまりにもひどすぎて、心の底から『ひでぇ~!』って叫びたくなるような感じが、めちゃくちゃおもしろかったです(笑)」
――綾野さん演じる埜本の存在感も強烈でした。
「綾野さん、普段よりだいぶデカくなってましたよね?身体がデカいから迫力があって、拓海と再会する場面なんて、『えっ、なに!?走ってきた!絶対不穏。もうヤダ~』と思いながら観ていたら、『あ、抱きついた!』っていう(笑)。ずーっと一定の不穏さが刻まれている感じ。笑っていいんだか、いけないんだか。不謹慎なんだか、そうじゃないんだか……。言うなれば、“これぞ、吉田恵輔監督の映画”」
「辞めた途端に連絡が来なくなった後輩のことを思い出しました」
――拓海が埜本を“メンター”として慕っていく様子は、どうご覧になりましたか?
「拓海を見ていて、『ああいう人いるよなあ』と思いました。僕が会社を辞めた時の話なんですが、辞めるまでは『一生ついていきます!』という勢いで慕ってくれた後輩がいて、『これからも月に1回ぐらい飲んで、近況報告しましょう』とまで言ってくれてたんです。そんなこと言われたら、こっちも悪い気はしないじゃないですか。ところが、いざ辞めたらパタッと連絡が来なくなった。あの梯子を外された感じ(笑)。映画を観ながら、久しぶりにその後輩のことを思い出しました」
――メンター側として慕われた挙句の、手のひら返しですね。
「メンターって聞くと、ものすごく特殊な人の特殊な話のように感じるかもしれないですが、実は僕たちの日常にも、ああいった人間関係は、多かれ少なかれ転がっている。しかもそれがこの映画の中では、ちょっとコミカルに描かれるから、『こいつ本当にムカつくな~』となるし、いるいるってなる。拓海役の末澤さんの演技が上手いから、余計に腹が立つんですよ(笑)」
――人はなにをもって反省していると言えるのか、ということも、本作のテーマの一つと言えるのではないかと。
「確かに。途中までは、龍之介に対して心底ムカついてました(笑)。『もっと誠意をもって謝れよ』と言う拓海を、最初は『そうだそうだ!』なんて思いながら観てたのに、途中から拓海に対して『お前、それはちょっとさ』となってくるんですよ」
――拓海の過剰すぎる土下座が、神経を逆撫でしてきます。
「あれ、笑ったなあ。テーブルの下から映した意地悪なカットとか。土下座しながらお尻がどんどん上がってきて、気持ちよくなってるのがわかる。あれを見ちゃうと、簡単に『すいません!』と謝るような人に出会った時、逆に謝らせたくなくなりますよね。『正直いま、気分よくなってるだろ、お前!』って(笑)」
――一方で、被害者の埜本には、なぜあそこまですべてを赦して受け入れられるのか、という疑問もあります。
「でも、赦して受け入れることで、ドーパミンが出るっていうのもあるじゃないですかね。埜本と拓海が海岸のゴミ拾いをするシーンの、『俺はいいことしてるんだ』っていう、あの揺るぎない感じ。僕も中学の時、新横浜公園を清掃する行事があって、『大人はちゃんとしてないよね』なんて言いながらゴミを拾っていて。でも、思い返せば、自分もポイ捨てしたことがあったなと。人は正しい行為にだんだん酔っ払っていくんですよね。映画を観ていると、反省の気持ちを表すために、人はなにをすべきなんだろうって考えさせられました」

