作家・燃え殻が映画『mentor』の深遠な人間描写に感じた恐怖と共感「人は誰もが自分の過去に意味を見出したくなる“運命論者”」
「登場人物が取る行動ひとつひとつに、『自分の中にもその要素あるわ』と思い知らされる」
――燃え殻さんご自身は、誰かにすがりたくなった経験はありますか?
「昔、誰かのサイン会やトークイベントに自分がお客さんとして行った時、登壇者と、『あ、いま目が合ったな』と思ったことがあります。実際にはきっと合ってないんですけど(笑)。その人がなにかを啓蒙していなくても、目の前で生きているだけで、自分へのメッセージだと受け取って、拓海じゃないけど、勝手に“メンター語録”を取り始める。『これ、僕に言ってるな』と、どんどん自分ごとにしていくんです。距離感がバグる感じ。でも、そのほうが楽だし気持ちいい。若い時は特にそうですけど、「東に行け!」「南へ行け!」と指示してもらったほうがラクなんですよ。自分でなにか決めるって、面倒だしツラいし経験ないしで、若いころは特にできなかった。とにかく誰かにすがりたいと思っていました」
――自分がメンター側になった時、気持ちよくなってしまう危険性もありますよね。
「それこそ、この映画のロケ地のひとつでもある沼津に、僕がよく行く美味しい餃子屋さんがあって。何度かメディアでもオススメの店として紹介したことがあるんです。つい最近も一人で行って、餃子を食べていたんですよ。そしたら店員さんがすごくこっちを見るんです。『あっ、気づいてくれたのかな?こちらとしては、本当においしいから紹介しているだけなんで、別に感謝とかいいんですよ』くらいに思っていたら、会計の時に『いつもありがとうございます。よく食べに来ていただいてますよね』って言われたんです(笑)。『あ、作家の!』とかじゃなくて、ただ単純に『常連の客』として認識されていただけだった。めっちゃ恥ずかしかったです(笑)。やっぱりどこかで気持ちよくなっている自分がいたんですよ。みっともない話ですが」
――観終えたいま、『mentor』というタイトルをどう感じますか?
「最初は、メンターというと狂信的に信じてしまう教祖みたいなものを想像して、『そういうのに引っかかる人っているよね。まあ、自分の人生には関係ないけど』という注釈が入っていたんです。でも観終えたら、『いやいや、自分にもめちゃくちゃ関係あったわ!俺の話だった』になりました。自分の中にもメンターはいたし、すがりたくなる気持ちもあった。でも、『その取り扱いを少し間違えるとこうなりますよ』という実例を見せられた感じがしました。しかも、それをおもしろおかしく見せられた。最後の最後に、ゾッとさせてくれるところもすごかった」
――人間のいろんな側面が詰まっているからこそ、誰しも自分と重なる部分が見つかるのかもしれません。
「『mentor』って、観た人たちが『なるほど、そう来ましたか…』って、予想外の結末に唸りながらも、『いや、でもそうですよね…』って、言わざるをえない。吉田監督が用意したオチは、自分はまったく想像できなかった。ものすごいナックルボールのようでもあり、振り返って見たら、直球ど真ん中でもあるような。どっちにしても、『こんな球、絶対打てねえよ!』なんですけど(笑)。この映画のなかで描かれるすべての裏切りが、『でも、そうでしかないよね』という選択なんですよね。だから、自分ではまったく考えていなかったのに、無理がなかった。登場人物が取る行動ひとつひとつに、『自分だったら、そうはしないけどさ』がなかった。『ああ確かに。自分の中にもその要素あるわ』と思い知らされる。いやぁ、本当にすごい映画です」
取材・文/渡邊玲子
※吉田恵輔の「吉」は「つちよし」が正式表記

