キャラクターの個性が物語を“ドライブ”させた成功例『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』【小説家・榎本憲男の炉前散語】
ウィルが最後に選択したもの
ウィルの“欲しいもの”はなんでしょうか? 彼はその類い稀なる才能を活かしてなにがしたいのでしょう? 実は、とりたててなにもないのです。そこをショーンにズバリ訊かれても、「羊飼いに」などと誤魔化してしまう。解体作業の工事現場で働いているときにウィルはチャッキーにこう言います。
「おれは一生ここで働いたって平気だぜ。近所同士で家族を持ち、ガキを野球に連れて行く」
これに対するチャッキーの答えはこうです。
「親友だからハッキリ言おう。20年たってお前がここに住んでたら、おれはお前をぶっ殺してやる。脅しじゃない本気だ。お前はおれたちと違う。……お前は自分を許せてもおれは許せない。おれは50になって工事現場で働いててもいい。だがお前は宝くじの当たり券を持っててそれを現金化する度胸がないんだ。お前以外の皆はその券を欲しいと思ってる。それをムダにするなんておれは許せない」
つまり、チャッキーの答えはショーンとは逆向きで、マサチューセッツ工科大教授と同方向です。誰もが羨むワールドシリーズの決勝戦のチケットを持っているのなら、俺たちに遠慮せずにひとりで見に行け、というものです。
しかし、ウィルが最終的に選んだのはスカイラーでした。彼女を追ってカリフォルニアに行くところで映画は終わります。つまり、ウィルはショーンと同じ選択をしたわけです。
かつては王道だった、物語の着地点としての「愛」
最後に恋愛が選択され、本当の“欲しいもの”として示される。これは商業映画に於いては王道のエンディングでした。ただ、最近は説得力をもたなくなっているようです。『ラ・ラ・ランド』(16、デイミアン・チャゼル監督)のセブ(ライアン・ゴズリング)はミア(エマ・ストーン)が映画のオーディションに合格し、パリに撮影に行くことを心から祝福しますが、彼女に同行する気はありません。彼にはジャズという“欲しいもの”が確固としてあるからです。また、『あのこは貴族』の華子は自分に相応しい男と結婚したものの、その実態を知って離婚し、まったく境遇の違う美紀(水原希子)との友情を得ます。白馬に乗った王子様の夢物語を生産してきたディズニーさえも、『アナと雪の女王』(13)では、白馬の王子様幻想をぶち壊し、ヒロインを救うのは、王子様のキスではなく女性どうしの連帯なのだという、『あのこは貴族』と似たような展開を見せています。
正直に言うと、『グッド・ウィル・ハンティング』を最初に見たときには見事に決まって見えたエンディングも、今回見直してみると、ちょっと「……?」となってしまいました。そもそも、ウィルの場合、<高給取りの未来か/愛する女か>は、カリフォルニアのしかるべき企業を選んで就職すれば解決する問題であり、二者択一で悩むべき問題でもない気がするのです。
『グッド・ウィル・ハンティング』の公開は1997年。物語において「愛」が最後の切り札として使われ、確たる説得力を持った時代の最後の作品のように思えるのは僕だけでしょうか。そして、なぜかくも長くストーリーテラーは「愛」を最後の落とし所としてきたのでしょう。この件について僕は、エロスとアガペーという異種な意味合いが「愛」や「LOVE」という一語に込められたことによる混乱が、恋愛を重いものにし、幻想を生んだのでは、と考えています。『ラ・ラ・ランド』や『あのこは貴族』(ただし、エンディングは恋愛寄りにブレている)、そして『アナと雪の女王』はその反動ではとも思ってもいるのですが、整理ができたら別の機会に語ってみたいと思います。
文/榎本 憲男
筆者注:
以下は、MasterClassによる「キャラクタードリブン」の解説です。
What Is a Character-Driven Story?
Character-driven stories are focused more on character development than they are on plot. Character-driven stories are often found in literary fiction.(略) A character-driven plot is the type of story that is driven by emotion as opposed to a high concept plot. Character-driven plots are also often found in books based on real life. If you’re writing about your own story you might want to consider the insights into character that you have, having lived through and reacted to the events you are describing.
――(MasterClass:Plot vs. Character: How to Write Plot-Driven vs. Character-Driven Stories、2021年8月25日)
拙訳:
キャラクタードリブンは、展開よりも主人公の内的な成長を重視します。小説などによく見られるタイプです。(略)キャラクタードリブンでは、派手な仕掛け(ハイコンセプト)で読者を引っ張らないで、感情の動きそのものを推進力とします。実話をベースにした作品などにこの傾向がよく見られます。もし自分自身の体験を題材に書くのであれば、その出来事を実際に生き、そこにどう向き合ってきたかという、あなた自身にしか持ちえない人物観——それを存分に活かすとよいでしょう。
これが本来の定義です。本文で僕が書いたものは、亜流です。どのくらいキャラクタードリブンの要素があるかをチェックするためのリトマス試験紙みたいなものだと思って下さい。
1959年生まれ、和歌山県出身。小説家、映画監督、脚本家、元銀座テアトル西友・テアトル新宿支配人。2011年に小説家、映画監督としてデビュー。近著には、「アガラ」(朝日新聞出版)、「サイケデリック・マウンテン」(早川書房)、「エアー3.0」(小学館)などがある。「エアー2.0」では、第18回大藪春彦賞の候補に選ばれた。映画『カメラを止めるな!』(17)では、シナリオ指導として作品に携わっている。

小説家・榎本憲男の炉前散語
