クリストファー・ノーラン監督最新作、その原典となる「オデュッセイア」とはなにか?

クリストファー・ノーラン監督最新作、その原典となる「オデュッセイア」とはなにか?

クリストファー・ノーラン監督の最新作『オデュッセイア』(9月11日公開)は、映画史上初の“全編IMAX撮影”という挑戦とともに、2800年前から語り継がれてきた古代叙事詩を現代に呼び戻す試みだ。ノーランが長年温めてきた企画であり、彼のフィルモグラフィの集大成のひとつとも言える本作は、観客を英雄オデュッセウスの旅路へ共に踏み出す存在へと誘う。
では、その原典となる物語「オデュッセイア」とはなにか?映画をより深く味わうために、基本的な背景とあらすじを整理しておきたい。

【写真を見る】ノーラン監督の集大成『オデュッセイア』の圧巻のシーンカット!
【写真を見る】ノーラン監督の集大成『オデュッセイア』の圧巻のシーンカット!photo by Melinda Sue Gordon [C] Universal Studios. All Rights Reserved.

ホメロスが語り継いだ“物語の原点”

「オデュッセイア」は、紀元前8世紀頃の吟遊詩人ホメロスによる叙事詩で、同じく彼の代表作「イーリアス」と並び、西洋文学の礎とされる作品だ。「イーリアス」がトロイア戦争の終盤を描くのに対し、「オデュッセイア」はその“後日譚”であり、戦いを終えた英雄オデュッセウスが故郷イタケへ帰るまでの長い旅路を描く。
この物語が「冒険譚の原点」と呼ばれる理由は、後世の文学・映画・ゲームに至るまで、旅の構造、試練の配置、主人公の成長、帰還のドラマなど、あらゆる物語形式に影響を与えてきたからだ。「旅に出て、試練を乗り越え、帰る」という構造は、現代のエンタテインメントの基礎設計そのものと言える。

物語の出発点──トロイア戦争の経緯と“木馬”の奇策

「オデュッセイア」の物語は、古代の裕福な都市トロイア(現トルコ北西部)で起きた大戦争の余波から始まる。 ギリシャの諸王国は同盟を結び、誘拐された王妃ヘレネを取り戻すためトロイアへ侵攻した。だが戦況は互いに譲らず、10年間もの膠着状態が続く。
この長期戦を終わらせたのが、オデュッセウスの知略だった。彼は撤退を装い、海岸に巨大な木馬を残すという奇策を発案する。トロイア側はそれを勝利の戦利品と信じ込み、城壁を壊して木馬を城内へ運び込んだ。夜になると木馬の内部からギリシャ兵が現れ、城門を開き、潜伏していた本隊を呼び込む――こうしてトロイアは陥落した。
この勝利こそが、オデュッセウスの“帰路の始まり”であり、同時に“新たな試練の幕開け”でもあった。

CGに極力頼らずトロイア戦争を現代に描き出す
CGに極力頼らずトロイア戦争を現代に描き出すphoto by Melinda Sue Gordon [C] Universal Studios. All Rights Reserved.

故郷イタケで待つ家族――帰還物語の核心

オデュッセウスが帰ろうとする故郷イタケには、最愛の妻、王妃ペネロペと、父の不在のまま成長した息子テレマコスがいる。しかし、トロイア戦争の長期化とオデュッセウスの消息不明により、城にはオデュッセウスの戦死を確信した求婚者たちが居座り、ペネロペとの結婚と王座を狙って横暴を働いていた。
つまりオデュッセウスの旅は、単なる“帰りたい”ではなく、「家族を守るために帰らなければいけない」という切実な動機を帯びている。 この構図が「オデュッセイア」を、戦争の英雄譚ではなく“帰還の物語”として際立たせている。


オデュッセウスの帰りを待つ妻と息子も試練の日々を過ごす
オデュッセウスの帰りを待つ妻と息子も試練の日々を過ごすphoto by Melinda Sue Gordon [C] Universal Studios. All Rights Reserved.

荒れ狂う海と、神々の介入

オデュッセウスの旅を最も苛烈にした存在が、海の神ポセイドンだ。オデュッセウスがポセイドンの息子である単眼の巨人キュクロプスを怒らせたことで、神の怒りを買い、彼の航海はことごとく阻まれる。
嵐に巻き込まれ、船は難破し、仲間は次々と命を落とす。オデュッセウスは、ただ家に帰りたいだけなのに、神々の気まぐれがその願いを容赦なく遠ざけていく。

怪物や悪天候、神の怒りなど様々な困難に立ち向かう
怪物や悪天候、神の怒りなど様々な困難に立ち向かうphoto by Melinda Sue Gordon [C] Universal Studios. All Rights Reserved.
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