犬山紙子・劔樹人夫婦が語る、『サヨナラの引力』が描く幸せのかたち「“ハッピーエンド”だけがすべてではない」
「恋愛至上主義ではない“幸せの多様性”が描かれていて、いまの自分にすごくマッチしました」(犬山)
――お二人は、お互いに仕事を続けながら、子育てもされていますが、これまで危機をどうやって乗り切ってこられたんですか?
犬山「乗り越えられているのかなあ…(笑)」
劔「きっとこれからも、まだまだいろんな危機に直面することにはなるだろうね」
犬山「私は仕事を諦めたくないし、夫にもバンドを続けてほしい。でも全部を100%は無理なんです」
劔「物理的に無理ですね」
犬山「だから『何が一番大事か』を、私たちは2人で何度も何度も話し合う。全部は守れないけど、お互いに本当に大切なもの。絶対に譲れないものだけは守ろうって」
――譲れないもの、というのは?
犬山「たとえば、つるちゃんのバンドのために私が仕事を辞めるって言ったら、つるちゃんは嫌でしょ?」
劔「それはちょっと困るっていうか…」
犬山「自分のために相手が夢を諦める姿を見るのは…」
劔「それはやっぱりしんどいです。彼女のいいところを失ってしまうんじゃないかって思いますよね」
――その考え方は映画にも通じますね。
犬山「そうなんです。だから私は、この映画を観ながら何度も『話し合えたら違ったかもしれない』と思いました。でも同時に、それだけでは抗えない社会構造もある。だから、ウノとジョンウォンが一緒に居られなかったのは、あの2人に何かしら落ち度かあったからなのかと聞かれたら、そんなに単純な話でもないと思うんですよね」
――映画『花束みたいな恋をした』(21)を思い出したという声もありそうです。
犬山「私もまさにそう思って、さっきその話をつるちゃんに振ってみたんですけど」
劔「僕、観てないんですよね。ちょうど、僕の原作エッセイを映画化した『あの頃。』と公開時期が近かったので」
犬山「うん」
劔「向こうが大ヒットしてたから、なんだか“観たら負け”な気がして(笑)」
犬山「しょうもな(笑)」
――(笑)。
犬山「でも、こういう小さなプライドが積み重なって、ウノとジョンウォンもああなったんですよ」
劔「ああ、確かに」
犬山「『花束みたいな恋をした』は、価値観や環境の変化によって2人の気持ちがどんどん離れていくという、“現実”を突きつけるパワーが本当に強かったし、そこに魅力が詰まっていました。一方、『サヨナラの引力』は、現実はしっかり描きながらも、“幸せの形は一つじゃないよね”、というところに着地する。どちらの方がより優れているとかではなく、『サヨナラの引力』には、恋愛至上主義ではない“幸せの多様性”が描かれていて、それがいまの自分にすごくマッチしたんです」
「自分が選んだ人生をどう肯定していくか――観終わってからずっと考えてしまいました」(劔)
――お二人は、ウノとジョンウォンとは違い、途中で別れることなくご結婚されたわけですが、映画を観ながら「もしもあの時……」と思い巡らす瞬間もありましたか。
劔「いやあ、あんなドラマチックな展開、僕らにはないですよ」
犬山「えっ?あったじゃん!」
劔「あったっけ!?」
犬山「もちろん映画ほどドラマチックな話ではないんですけど、私はありましたね」
――よろしければ、詳しく伺いたいです!
犬山「私、昔、卵巣嚢腫で手術をしたことがあったんです。その時はまだ付き合う前で、つるちゃんとは友達だったんですけど、私が実家のある宮城で手術を受けることになって」
劔「うん」
犬山「そしたら、つるちゃんがわざわざ宮城の病院までお見舞いに来て、甲斐甲斐しくお世話をしてくれたんです。それこそ私の家族もいるし、きっとすごく勇気がいる行動だったと思うんですけど」
――それは確かにかなり大きな出来事ですね。
犬山「この映画をご覧になった方ならきっと、『ああ、なるほど…!』と伝わると思うんですけど、あれは私にとって、つるちゃんが“電車に乗ってくれた瞬間”だったと思っています。あの時、『この先、この人と一緒にいたいな』と思ったんですよ」
劔「僕はそんな大げさなつもりじゃなかったんですけどね(笑)」
犬山「でも、本人にとっては何気ない行動でも、相手の人生を変えることってあるんだなと思います」
――では最後に。お2人は『サヨナラの引力』を、どんな人にすすめますか。
犬山「それこそ普段、恋愛映画をあまり観ない人にこそ観てほしいです。恋愛映画って、時に軽く見られてしまうことがあるように感じていて。でも恋愛を描くことって、社会構造からコミュニケーションまであらゆることを包括していて。この作品にも、人がどう支え合うのか、どう別れるのか、どう生きるのかというテーマが詰まっている。だから、恋愛映画食わず嫌いの方にもきっと届くと思います」
――劔さんはいかがですか。
劔「僕がまさにそうだったので(笑)」
犬山「説得力あるね」
劔「本当にそう思います。観終わってからずっと考えてしまったんですよ。恋愛の話なんだけど、結局は人生の話なんです。選ばなかった道のことを考えるし、後悔もある。でも、しっかり後悔したうえで、自分が選んだ人生をどう肯定していくか――。僕はそのことをすごく考えさせられました」
――そういえば、本作を手掛けたキム・ドヨン監督の前作『82年生まれ、キム・ジヨン』(19)は、結婚後、子育てや仕事との両立に悩みながら、少しずつ追い詰められていく女性を描いた作品で、恋愛映画でありながら、ある意味、ホラーとも言えるかもしれません。ホラー好きの剱さんにも、ぜひ観ていただきたいです。
劔「いや、それも絶対ズドーンと来るやつじゃないですか(笑)」
犬山「きっと良質なズドーンだよ(笑)。余裕がある時に、また一緒に観ましょうね」
取材・文/渡邊玲子

