犬山紙子・劔樹人夫婦が語る、『サヨナラの引力』が描く幸せのかたち「“ハッピーエンド”だけがすべてではない」
韓国で観客動員260万人を突破した話題作『サヨナラの引力』(公開中)。恋愛や結婚、仕事、家族――人生の岐路で揺れる男女の姿を描いた本作は、単なる恋愛映画にとどまらず、「幸せとは何か」「自分の選択をどう受け止めるのか」という普遍的なテーマを投げかける。
今回、本作について語り合ったのは、エッセイストの犬山紙子とミュージシャン・漫画家の劔樹人。夫婦として日々を共にしながら、それぞれの視点で恋愛や結婚、家族について発信してきた。一足先に作品を鑑賞した2人に、本作の魅力と「誰かと生きること」の難しさについて語ってもらった。
※本記事は、ストーリーの核心に触れる記述を含みます。
「“ハッピーエンド”だけが幸せなんだろうかって考えさせられる作品でした」(犬山)
――まず、お二人は今回どのように作品をご覧になったのでしょうか。
犬山紙子(以下、犬山)「一緒に観ました。普段も娘が寝たあとに、2人とも興味がある作品なら一緒にドラマや映画を観ることはあるんですけど、恋愛映画を一緒に観る機会は意外と少ないかもしれないですね」
劔樹人(以下、劔)「僕自身がそもそも、ほとんどホラー映画しか観ないんですよ」
――そんな劔さんが、この作品をご覧になってどう感じましたか?
劔「思った以上に食らいましたね。恋愛とかそういうことについて、普段はほとんど考えないんですよ。子育てしていて、毎日いろいろありますし。でも、この映画は観終わったあともずっと残っていて。なんか胃がもたれるような感覚というか(笑)。こんなにショックを受けるんだって自分でも驚きました」
犬山「観ている途中に『ここどう思ってるんだろう』と気になって夫の顔を見たら、ちょっと泣きそうになってたりして(笑)」
劔「いや、本当に結構きましたね」
――どんなところに心を動かされたのでしょう。
劔「“人生の選択”の話として観ていた気がします。誰にでもあると思うんですよね。『あの時こうしていたら違ったかもしれない』っていうことが。でも、それを後悔しながら生きるのか、それともいまの人生を肯定して生きるのか。その答えって簡単には出ないじゃないですか。この映画はそこをすごく丁寧に描いていると思いました」
犬山「結婚したり結ばれたりすることが、“ハッピーエンド”として描かれることが多いと思うんです。でも、この作品を観ていると、幸せって本当にそれだけなんだろうかって考えさせられるんです。相手の幸せを願うこと、自分の幸せを見つけること、その両方が描かれていて」
「その時の悩みが人生のすべてみたいに感じる20代の頃を、すごくリアルに描いていると思いました」(劔)
――本作では、2008年のソウルを舞台に、夢を抱いて上京したウノとジョンウォンが、紆余曲折を経て恋に落ちます。しかし、リーマン・ショック後の不安定な社会情勢や、住宅問題、家族の事情など、様々な現実が2人を追い詰めてもいきます。
犬山「ウノは、ジョンウォンの『建築家になってソウルに自分の家を建てたい』という夢を叶えてほしいし、彼女も『ゲームを作りたい』というウノの夢を応援したい。でも現実には、お金がない。家族の問題もある。生活もしなきゃいけない。生きることに何も不安がなければ、そのままお互いの夢を応援し続けられていたはずなのに、それが次第にままならなくなるという…。そのジレンマが本当にリアルでした」
劔「確かにそうだよね」
犬山「場所や時代設定は違っても、いまの日本の若い世代にも通じる話だと思うんです。いまの日本って、都会で暮らし続けるだけでも大変な時代じゃないですか。本当は相手の夢を応援したいのに、余裕がなくなってしまう。それこそ、昨今日本でも、『お風呂やトイレが共同の部屋が“いまっぽい”』なんて切り口でメディアに取り上げられたりもしますけど、本当は誰も好きでそこに住んでいるわけじゃなく、そうせざるを得ない人がいる、という話でもあって。そんな苦しさが、更新料が払えずに、“半地下”の部屋に引っ越さざるを得なくなる、ウノとジョンウンからも伝わってきました」
劔「僕は、若さもあると思いました。20代の頃って、その時の悩みが人生のすべてみたいに感じるじゃないですか。今振り返ると『まだ全然やり直せるじゃん』と思うことでも、その時は本当に世界が終わるんじゃないかっていうくらいの気持ちになる。そういう感覚がすごくリアルでした」
――作中では、余裕を失ったことで強い言葉を投げつけて相手を傷つけてしまう場面もあります。剱さんはあの描写について、どう感じましたか?
劔「ものすごくわかる部分はありましたね。責任感が強くなると、全部1人で抱え込もうとしてしまう。余裕がなくなると周りも見えなくなるし、言わなくていいことを、つい口にしてしまうこともある」
犬山「まさにそうなんですよね。社会から男らしくいることを求められ、『自分がなんとかしなきゃ』って、抱え込んでしまう男性はリアルでも多くいる。実は、つるちゃん(劔さん)も、結婚後、うつ状態と長く付き合っていて、私も最初の頃はどう接したらいいかわからなかったんです。自分のせいで彼を苦しませているんじゃないか…と思ったこともありました」
――難しい問題ですね。
犬山「でも、結局は話し合うしかないんですよね。この映画を観ながらも思ったんですけど、もっと早い段階で不安を共有できていたら、違った未来もあったかもしれない。男性でも女性でも、『不安だ』『怖い』って言っていいんです。味方なんだから」
――まさに、劇中のウノにも当てはまります。
犬山「ジョンウォンは、ウノに対してあんなにも健気に、『愛してるよ』『あなたの幸せを願ってる』って、ちゃんと言葉にして伝え続けているのに、彼にはその気持ちがなかなか伝わらない。でも、決してウノの人間性が悪いというわけではなくて。心から相手の幸せを願い合っている2人でさえ、一緒に暮らし続けるのは難しいんだなっていうのが、この映画の肝だと思っていて。『実はこういう不安があるんだよね』って、お互いに心情を吐露できていたら、例えば、『じゃあ、期限を切って何か別のことをやってみよう』とか、『行政の支援を頼ろう』とか。もっと建設的な話し合いができたかもしれない。でも、1人で抱え込んでしまったことで、さらに視野も狭くなって…ということが、いろんな局面であったと思うんですよね」
――劔さんとしては、ウノの気持ちも分かりますか。
劔「いまの話を、『なるほど……』と思いながら聞いていました。でも、もしもあの2人がお互いにもっといろいろ自分の弱い面もさらけ出して、あの時、あのまま別れずに一緒に居続けたとしたら、それはそれでいまよりもっと幸せだったかもしれないけど、“夢の実現”といった観点からすると、また違う結果になったのかもしれなくて…」

