『トロフィー』で夫婦役を演じた井浦新&市川実和子が30年の時を重ねて表現したリアリティ「時間の積み重ねが手助けしてくれた」
「この映画に自分の思春期を肯定してもらえたなと思うんです」(市川)
――ソヒが日本人の友だちの未来(梨里花)を紹介する時、「この子も在日だよ」と言いますが、それを聞いているミリョンとサンジュの顔は映っていません。
井浦「孫明雅監督のスタイルは、人と人が対面になるシーンでも、両方向からカットバックで撮っていくものではなかったんです。それは監督と撮影監督の山﨑裕さんとで決めていて、あのシーンで映像に映るのはソヒと未来、僕らは声だけでそのお芝居につき合う形で最初から進めていました。あそこで大事なのはソヒがどんな顔でそれを言うかで、監督の中でははっきりと見えていたんだと思います」
――ソヒの顔を見ると同時に、2人がどういう顔でそれを聞いているのかを想像してしまいました。そういう見方ができたことも楽しくて。
市川「行間があるんですよね」
――これは14歳のソヒの物語ですが、お2人がその年ごろだった時を振り返っていかがですか?
市川「こうしてお話させてもらっていて気がついたんですけど、この物語に自分の思春期のころを肯定してもらえたなと思っていて。私も当時はまさにソヒみたいだったんですよ。毎日がぐちゃぐちゃで、暗闇にいるみたいな気持ちになるときもあれば、友だちといてキラキラ楽しい時間もあって。いま思えば青春時代って暗黒な時もあって、キラキラだけではない。自分がその当事者だった時は苦しい感情のほうが強かったんですけど、それを外から見たらこんなにも輝いていたんだなと思ったんです。それを可愛いと思えるようになっている自分も成長しているし、あのときの自分を肯定してあげられたからこそ、いまの自分はこんなに反応したのかなと」
――これまでにもそんなように実感したことはありましたか?
市川「なかったですね。自分のことだからおそらく地続きになっていて、時間が経っても客観的に見られていなかったんですけど、この作品で初めてそれができたんだなと思いました。そういう風に、誰もが心のなにかを重ねられる部分があるというか、この感情は普遍的なもので、国籍や時代も超えたキラキラを味わってもらえるんじゃないかな」
井浦「自分がその年齢のころはもうサッカーしかしていない人間だったから、正直それしか記憶がないんです。もちろんキラキラもしていないし、ひたすら汗くさいだけ」
市川「ドロドロはしてた?」
井浦「まったく。とにかくサッカーだけ。息苦しさみたいなものはまったくなかった」
市川「女子と男子の違いかな。女子は大体ソヒと同じなんですよ」
井浦「そこも女性監督ならではの表現になっているかもしれないですね」
市川「じゃあ男子としてこの映画を観たらどう思うの?」
井浦「ドロドロしているなとは思わない、キラキラして見える。恋愛とか家族の問題でどれだけ苦しいことがあったとしても、きっとそれは“命のきらめき”みたいなものですよね、そのときは気づいていなくても。後になってドロドロをありがたさや感謝に変えられたからこそ、『ごめんなさい』と『ありがとう』が生まれてくるんでしょうけど。でもそこまでキャッチできていなかったと思います、当時の自分は。高校も同じような感じだったし、いまだにドロドロの感じがわからないかも…ドロドロってなに?」
市川「そうか、それがいまにつながってるんだ。いや、すばらしいですね。男子ってすごい!」
取材・文/奈々村久生
