『トロフィー』で夫婦役を演じた井浦新&市川実和子が30年の時を重ねて表現したリアリティ「時間の積み重ねが手助けしてくれた」
BTSのファン(ARMY)であることをきっかけに仲良くなった在日コリアンのソヒと日本人の未来。友情だけでは乗り越えられない、彼女たちが直面する現実の難しさを映画『トロフィー』(公開中)で描いたのは、是枝裕和監督が率いる制作会社「分福」の新鋭・孫明雅(そん・みょんあ)監督だ。
そして、ソヒの両親であるサンジュとミリョンを演じたのは井浦新と市川実和子。朝鮮学校の校長として同胞たちに貢献したいと奮闘するサンジュと、洗濯機が壊れてもすぐに買い替えられないような経済的な厳しさを無視できないミリョン。家族でも、親子であっても、わかり合えないことはある。それでも、すべてを理解していなくても、わかり合えることはある。30年来の同志でもある井浦と市川だからこそ実現できた夫婦の形とは?
「当事者でなくても、演じられないわけではないのが、役者の仕事のおもしろさ」(井浦)
――在日コリアンとして日本で子どもを育てる夫婦の役を引き受けるにあたっては、どんな思いがありましたか?
市川「台本をいただいて、最初はなにも聞かずに、なにも考えずに読んだんです。役名がミリョンという韓国系の名前だったので、“在日”という背景があることは理解しながらも、ただただ物語の可愛さに魅了されて、ソヒの思春期のキラキラがとにかく眩しくて。彼らの複雑な境遇や感情を、私が演じて大丈夫かなという迷いは、後からついてきました」
井浦「僕は以前にも『かぞくのくに』で在日朝鮮人の役を演じたり、そうでなくても差別というものを描いた作品との出会いがあったんですけど、作品や監督が違えば描かれる家族も、それはもう全然別のものになります。俳優の経験としては、過去の作品や役を通して、そこにどういう現実的な問題が含まれているのかを考えたり触れたりするきっかけはあったけれど、今回はそれらを生かしてなにかをするということではないと思いました。
それに、自分の国籍は日本で、在日朝鮮人ではないですけど、だから演じられないというわけではないのが俳優の仕事でもあって。子どもがいなくてもお父さんを演じることはできますし、その逆もあります。そこは僕らの仕事のおもしろさの1つでもあるなと思うんです。リアリズムへの敬意はありますが、当事者じゃなくても表現することはできる。『トロフィー』は政治の歪みを訴える作品ではなくて、1人の少女の青春とそれを取り巻く家族の物語です。日本や韓国や朝鮮だけじゃなくて、ヨーロッパでもアメリカでもイスラムでも、どこにでもいるであろう家族の物語を描くのが自分の仕事ではないかと思って取り組んでいました」
――理想を追う父親のサンジュと現実と向き合う母親のミリョン、劇中では考え方の違いをめぐって夫婦間の対立も描かれています。お2人にとって彼らはどんな人たちに見えましたか?
井浦「1人では語れないものですよね、家族を描いているので。家族での撮影を積み重ねるなかでわかってきたこと、やってきたことが、例えばサンジュ1人で自分の学校を見ているシーンにも現れているんだろうなと思います。家族を演じた4人で過ごしながら、この家族としてのお芝居をしたり、シーンの合間に雑談するなかでの距離感だったり温度感だったりが、自分の役に返ってきて彩りを与えてくれたんです。それこそ夫婦喧嘩の度合いも、サンジュはミリョンに甘えてその優しさに胡座をかいていたんだなとか。井浦新はそこに気づいたけど、サンジュは気づけなかった。そういうことも少しずつわかっていった感じです」
市川「私もあまり頭では考えなかったです。監督から事前にミリョンの人物像のプロットをいただいていたし、それを基に想像できるすべてが台本にちゃんと描かれていたので、セリフの中からヒントだけもらって、とにかく日々を一生懸命生きればいいかなと思って。その日その日、その現場で過ごしていた時間の中で出来上がっていきました」
井浦「家族のシーンの撮影は意外と3~4日ぐらいしかなかったんです」
市川「そうですね。ただ、ここ(市川と井浦)の関係が長いので。お互いが10代だったころに知り合って、そこからずっとべったり一緒にいたわけじゃないけど、もう30年近く?」
井浦「うん。その時間を夫婦像に重ね合わせることはできたんです。ミリョンとサンジュも若いころに出会って、結婚して家族を持って、理想と現実との違いとかをきっと色々感じ合いながらいまの家族になったはずで。だから初めましてでいきなり夫婦を演じるのとは全然違うところからスタートできたのは、すごくありがたいなと思いました」
市川「なに事にも時の流れは変えられないんだなと」
井浦「本当に。もしセリフで『おーい」と呼ぶシーンがあっても、当たり前のように馴染みながら呼べるというか。いわゆるセリフを言っている感覚にならないのは、その時間の積み重ねが手助けしてくれているんだなって」
――キャスティングの時点ですでに大正解だったんですね。
井浦「逆にソヒ役の恒那(はんな)さんも、その弟役の千就さんも、子どもたちは2人とも初めましてでしたけど、彼らは時間の垣根をポンと飛び越えていきなりこちらに合わせてこられるんです」
市川「もう肝が据わっていて、大物ですよね(笑)」
井浦「あの姉弟の感じもすごくいいですよね」
