『バトル・ロワイアル』も「イカゲーム」もここから始まった?『ロングウォーク』が描くデスゲームの原型とは
世界的大ヒットを記録したドラマ「イカゲーム」をはじめ、時代劇というユニークな設定の「イクサガミ」や「今際の国のアリス」、『ランニング・マン』(25)…と映画にドラマに話題作が絶えないデスゲームのジャンル。その最新作となる『ロングウォーク』が6月26日より公開中だ。
スティーヴン・キングがリチャード・バックマン名義で学生時代に執筆した原作「死のロングウォーク」は、『バトル・ロワイアル』(00)の下敷きとなったように“デスゲームもの”における重要な1作。源流とも言える小説の映画化を機に、ここでは過去の作品から『ロングウォーク』まで、デスゲームものの特徴を改めてひも解いていきたい。
残酷な死のレースを描く『ロングウォーク』
キングの原点的小説を映画化した『ロングウォーク』は、“最後の1人になるまで歩き続ける”というシンプルだが残酷な死のゲームに参加した若者たちのサバイバルを、友情を交えながら描く。
戦争によって国家が分断された近未来のアメリカでは、最後の1人になるまでただひたすらに歩き続けることで、破格の賞金とどんな願いも一つ叶えられる権利を獲得できる「ロングウォーク」が、国を挙げて実施されていた。この祭典に挑むのは、様々な背景を抱える50名の若者たち。彼らは休息も睡眠も許されず、止まれば即死という状況で、1人また1人と殺されていくなか、地獄の一本道を歩き続けていく…。
国が主催する“死の見世物”という側面
参加者同士の派手な殺し合いを描く作品ではない『ロングウォーク』だが、不景気な国を盛り上げるための見世物として国家主導で実施されているというディストピアな背景は、まさにデスゲームもののど真ん中。
ディストピアな未来はデスゲームものの大きな特徴で、独裁国家となった近未来のアメリカを舞台に、走行中に人間を殺していくことでポイントが加算される死のレースとそれに熱狂する国民の姿を描いた『デス・レース2000年』(75)、大企業郡が支配する近未来で行われる“殺人もあり”という暴力的な競技を題材とした『ローラーボール』(75)など、繰り返し描かれてきた。
そもそも『グラディエーター』(00)などでも描かれたように、古代ローマ時代、緊縮財政政策において市民を懐柔するための娯楽としてコロッセウムで行われた剣闘士競技など、人類の歴史においても古くから人の命は国家に利用され、大衆はエンタメとして消費してきた。
「死のロングウォーク」を経て、1982年にキングがバックマン名義で世に送りだした「バトルランナー」もまた、巨大な管理国家となった近未来のアメリカが舞台。街に失業者があふれるなか、処刑人であるハンターたちから命を狙われ続ける貧乏人の逃走劇をテレビ中継する人気番組「ランニング・マン」に出ることになった主人公が、権力に挑んでいくという内容だ。
『ロングウォーク』でもまるで駅伝の応援かのように道路脇から観戦し、声援を送る群衆の姿が見られたが、『バトルランナー』(87)、『ランニング・マン』といった映像化作品を見てもわかるように「バトルランナー」は殺人エンタメショーとしての側面が強調されている。
メディアと国家が癒着関係にあるなか、ド派手な演出で視聴者を虜にする番組。ゲーム参加者のサバイバルだけでなく、それを娯楽として享受する観客の存在を描くことで、よりグロテスクな構造を浮き彫りにしてみせた。
