濱口竜介監督×ヴィルジニー・エフィラ×岡本多緒が分かち合う、『急に具合が悪くなる』で実践された“多言語”や“長回し”がもたらした「豊かさ」
「私とヴィルジニーが交換していたものは、違和感というよりももっとナチュラルなものになっていた」(多緒)
――『ドライブ・マイ・カー』に続いて、「多言語」が作品のモチーフになっています。『急に具合が悪くなる』では、ヴィルジニーさんがフランス語、多緒さんが日本語と、お互いが異なる言語を使いながら自然な会話のやりとりをするという、あまり見られないような演出をされています。異なる言語のやりとりに対して初めは違和感を抱くのですが、映画を観ているうちにいつの間にか自然に受け入れてしまう不思議な感覚がありました。
濱口「いろんな映画祭に行かせてもらえるようになって、様々な言語に触れる機会も増えた時に気づいたんです。母語で話すことはすごく楽だと(笑)。母語で話している時の、なんらブロックもなく話せている感じには強烈に、言葉が体そのものと繋がっているという感覚があるわけです。例えば、英語で質問されたときにこちらは英語を理解して返答することがあります。返答は、通訳を通して日本語で返すんですが、向こうも日本語がわかれば楽だな、と思う。単純にそういう想像から、『多言語』劇が始まっている気がします。ただ、俳優たちにとっては非常に過酷なものでもあります。なぜなら、基本的には外国語をかなりの短期間で学んで、それを完全に理解して、ネイティブ並みに違和感のないかたちでやりとりをしなければならないからです。
ただ、いいこともあるのではないかと思っています。それは、お互いに対して集中しなければならないことが、演技の条件になるということです。演技をするうえでは当たり前だと思うけれど、実のところ映画の現場ではまれなことでもある。言葉というものに関しては、事前に本読みを繰り返して十分に準備していれば音と意味は大体わかるような状態になっていますよね。あとは、それ以外の感情的な面の手掛かりを、お互いに注意を向けることで得ればいい。言葉以外の身体的な情報が演技にはとても重要なものだと思うので、『多言語』の環境をつくることで、結果的に相手から言語以外の情報を受け取りやすい状況になる…のでは?という仮説でやっています。これは言うは易しで、成立するのは俳優の類まれな努力があってのことですが」
多緒「私は英語も割と長く使ってきた言語なので、日本語と英語を話せる友達とは、日本語の表現しかないものと英語の表現しかないものとをスイッチしながら話しています。だけど、まだそのレベルではないフランス語でそのような会話シーンをつくるとなった時に、どれだけナチュラルに見えるか?という点がチャレンジでした。たとえヴィルジニーが台詞にアドリブを入れたとしても、なにを言っているかわかるぐらいには理解力を深めたいなと思い基礎から勉強しました。
濱口監督には、撮影直前に観たマノエル・ド・オリヴェイラ監督の『永遠の語らい』について質問したんです(筆者注:この映画でも登場人物たちは各々の母国語で話すという『多言語』がモチーフになっていた)。そうしたら、少し元ネタにしているとおっしゃっていて。私はあの違和感に魅力を感じたので、これが監督の求めている要素のひとつでもあるのかなと思ったんですが、結果的に私とヴィルジニーが交換していたものは、違和感というよりももっとナチュラルなものになっていたのではないかという肌感があるんです」
ヴィルジニー「私たちは言語の中に入っていく経験をしたわけですが、私は勉強をすることに対する欲があって、ひらがなを覚えるのがすごく楽しかった。それと、フランス語とは文法が異なっているので、文法を学ぶことによって日本人の思考回路を少し理解できたのもおもしろかった。あと、多緒さんと竜介さんに違う速さで(台詞を)録音してもらって、イントネーションや声のトーンを勉強しました。例えば、フランス語は強調したいところを強く言ったりする一方で、日本語の場合は少し早めに言うといった強調の仕方が異なります。日本語を話すことに慣れてくると、日本語で喋る声とフランス語で喋る声とが異なってくるんです。なんとなくマリー=ルーが2人いて、そのどちらかを引き出すことで、二重人格とは少し違いますが、“喋らせている”ような不思議な経験をしました」
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