かりそめの“欲しいもの”から本当に“欲しいもの”への見事なアーク『プラダを着た悪魔』【小説家・榎本憲男の炉前散語】
ジャーナリスト志望のヒロインが、ファッション雑誌の編集部に
では次に、このコラムの本丸とも言える着目点、主人公の欲望、“欲しいもの”(want/need)にフォーカスを当てたいと思います。主人公のアンディ(アンドレアとも)はノースウェスタン大学を出たばかりのジャーナリスト志望。同校は一流校で、なおかつジャーナリズムに強い。なので、彼女が硬派のジャーナリズム(紙媒体)を就職先として想定しているのは自然でしょう。ところが、アンディは、ファッション雑誌「ランウェイ」の編集部に応募し、まさかの採用となります。このあたり、どういう経緯で応募しようと思ったのか気になるのですが、映画では省略されています。これは、おそらくテンポを上げるためでしょう。
では、ここで視点を変えてみましょう。なぜ彼女は合格したのか、つまり、悪魔のようにキビシい編集長ミランダは、一目見てファッションには無縁だとわかるアンディを選んだのか? ミランダはアンディにこんなことを言います。「いつもは同じタイプを雇うの。オシャレでもちろん細身の子。うちの雑誌の崇拝者たちをね。でも、よく失望させられるの。バカばっかりで。だからあなたの素晴らしい履歴書と、立派なスピーチを聞いて『この子はちがう』と感じたのよ。自分に言い聞かせた。勇気を出して雇うのよ、この“利口で太った子”をって」
なんて嫌味で、なおかつ差別的な発言でしょう。今なら問題になりそうです。いや、なるでしょう。そのほかにも、ミランダのアンディに対する態度は、現在の基準で見ると問題が山積みです。不可能な要求も(悪天候で飛行機が飛ばないが、なんとか私をニューヨークに戻せ)、プライベートを侵害すること(勤務時間外だろうが、電話は必ず取れ)も、コートやバッグをアシスタントのデスクの上に放り出すことも、2006年当時なら「トンデモ上司」として笑いのネタになったのですが、現在ではパワハラとして問題視されると思います。この点については次回、続編を論じる際に触れたいと思います。
アンディの心境を変化させた、決定的な出来事
話をアンディの“欲しいもの”に戻しましょう。本来なら、硬派のジャーナリズムを目指すはずだった彼女は徐々に「ランウェイ」の仕事に本気で取り組もうとしはじめるのです。なぜでしょうか? この変化の理由は二段階で示されています。まず、彼女が小馬鹿にしていたファッション業界の深みと凄みを見せつけられたことが第一段階としてあります。非常に微細なことにこだわってああだこうだと議論しているミランダとそれを取り巻くスタッフを見て、「しょーもな」というような気持ちになったのでしょう、アンディは思わず吹き出してしまいます。その失笑気味の声を聞いたミランダは彼女に言う。ここは、本作の名シーンのひとつとしてよく語られるところです(編集部注:セリフは筆者による意訳を含みます)。
「あなたには関係ないことよね。家のクローゼットからその冴えないブルーのセーターを選んだあなたは『私は着るものなんて気にしない真面目な人間』ってことね。でもその色はブルーじゃない。ターコイズでもラピスでもない。セルリアンよ。知らないでしょうけど2002年にオスカー・デ・ラ・レンタがその色のソワレを、サン・ローランがミリタリー・ジャケットを発表したの。(略)セルリアンは8つのコレクションに登場して、たちまちブームになり全米のデパートや、安いカジュアルの服の店でも販売され、それをあなたがセールで購入した。つまり、そのブルーは巨大市場と無数の労働の象徴なの。でも、とても皮肉よね。ファッションと無関係と思ったあなたのそのセーターは、そもそもここにいる私たちが選んだのよ」
このシーンはヒロインがミランダにうち負かされるシーンです。いや、出社当初からヒロインは自分の上司に翻弄されっぱなしなのですが、ここでの敗北は意味がちがいます。敗北の原因は権力関係によるものではなく、アンディが拠って立つはずだった「言葉」の領域で、打ち負かされた瞬間なのです。そして、この敗北によってアンディはファッション界の凄みと深さを味わい、目を見開かれることになる。
1959年生まれ、和歌山県出身。小説家、映画監督、脚本家、元銀座テアトル西友・テアトル新宿支配人。2011年に小説家、映画監督としてデビュー。近著には、「アガラ」(朝日新聞出版)、「サイケデリック・マウンテン」(早川書房)、「エアー3.0」(小学館)などがある。「エアー2.0」では、第18回大藪春彦賞の候補に選ばれた。映画『カメラを止めるな!』(17)では、シナリオ指導として作品に携わっている。

小説家・榎本憲男の炉前散語
