上映時間“89分”の美学。チンパンジー×狂犬病『おさるのベン』監督が語る、ホラー映画を怖くする秘訣「すべてを削ることから始める」
ジョン・カーペンターから受けた影響と、“音”へのあくなきこだわり
こうして“狂犬病”と“チンパンジー”という2つの重要なモチーフを手にしたロバーツ監督は、その恐怖をより的確に表現するために、「実写重視」のアプローチを選択する。「怖さと感情移入を生む唯一の方法は、視覚効果を使わずに実写でコンセプト全体を表現することでした。そうすることで、観客にも俳優にも、より生々しい体験を届けることができる」。しかし本物のチンパンジーを撮影に使うのは危険が伴う。そこで俳優のミゲル・トーレス・ウンバにチンパンジーのスーツを着用してもらい、凶暴化したベンを演じてもらうことに。
「まるで『ハロウィン』を撮影しているような気分でした」と、ロバーツ監督は充足感たっぷりに振り返る。「昔ながらの撮影手法で臨むことができたので、ジョン・カーペンターがホラー映画の王者だった時代に戻って映画づくりをしている感覚を味わい、子どものように楽しんでしまいました。やっぱり私のなかには、1980年代のホラー映画が染み付いている。だから恐怖のスタイルは『ハロウィン』の影響がはっきりと出ているし、シンセサイザー・サウンドの音楽にも『クリスティーン』の影響が出ていると感じています」。
監督作の多くで自ら音楽を担当している稀有な映画作家であるジョン・カーペンター。その影響を受けているロバーツ監督もまた、キャリア初期の監督作では自ら音楽を兼任していたことがある。「音楽の響き、音の響きは制作プロセス全体のなかで一番好きな部分であり、監督として強い情熱を注いでいます。特にホラー作品では、音が重要なのです」と熱弁を振るう。そして「本作には、“音”が完全に排除されることで逆に重要な意味を持つシーンがあります」と、映画後半のとあるシーンについて説明する。
それは、父アダムが帰宅するシーン。薄暗い家の中で、聴覚障がいを持つアダムが徐々に異変を感じ取っていく様子が、音楽を含めた一切の音を排除したなかで描かれる緊張感のある一幕だ。アダムを演じているのは、『コーダ あいのうた』(21)でアカデミー賞助演男優賞に輝いたデフアクター界を代表するトロイ・コッツァー。彼が配役されたことでアダムは聴覚障がいを持つ役柄に設定変更され、このシーンが生まれたという。
「観客はこのシーンで、突然薄暗い空間へと放り込まれ、そこでなにが起きているのか、この後なにが起こるのかを、トロイと同じように五感を研ぎ澄ませながら必死に探ることになるでしょう。映画館という絶対に安全な空間にいるとわかっていても、たちまち不安と恐怖に包まれ、もしかすると安全ではないかもしれないという感覚に陥りながら、チンパンジーの居場所を見つけようとする。こうした体験を観客にしてもらうことが、ホラー映画の監督としてはとても楽しみなことなのです」。
