『映画「教場 Requiem」』木村拓哉が語る、集大成を終えたいまの思い「現場で一緒にセッションしている人たちがすべての答え」
「“木村”としてではなく“風間教官”として、生徒を演じてくれた俳優さんたちとぶつかるしかない」
状況の変化はほかにもある。シリーズが長きにわたって親しまれてきたことで、ファンの間では冷酷無比な風間にも、それとは違うもうひとつの顔があることも知られている。それが芝居をする際の“枷”にならないのか気になるところだが、木村は「脚本があるので、そこはあまり考えてないし、セルフ・プロデュース的なことはしてないですよ」とさらりと言ってのける。
「それも含めて、観た人たちにドキドキしてもらえるトラップを毎回みんなで仕掛けているし、脚本に書いてあるセリフについて監督から『これ、どうする?言う?言わない?』って聞かれたときは自分の考えを伝えるけれど、ほとんどのことは監督にお任せしていますから」。
とは言うものの、木村がそこにいるだけで現場の空気は一変する。「教場」の場合は常に教室の真ん中にいる彼の存在が、生徒を演じた次世代を担う俳優たちに刺激をもたらしているのも事実。木村自身にも彼らを“育てたい”“自分の背中を見せて学んでもらいたい”といった意識があるような気もしたので、そう水を向けると「それも不正解です!」ときっぱり!
「共演者の方たちにいい作用をもたらしているならそれはいいことだし、うれしいけれど、『自分は中心じゃなきゃイヤだ~!』とも思ってないし、そういうのがいちばん嫌いなタイプですから」と断ったうえで「現場は養殖場じゃないですから(笑)」と強調。「養殖は生産性を高めるために行うものだと思うんですけど、僕らの現場では(バランスよく作られた)養殖のものではない、“天然”とも言える最高の芝居だと感じられるものが結局はOKテイクになると思うんですよ。それは育成というより、1対1の戦いです」と訴える言葉も自然に熱を帯びてくる。
「別に勝ち負けではないけれど、“木村”としてではなく、このシリーズの場合なら“風間教官”として、生徒を演じてくれた俳優さんたちと100かそれ以上の力でぶつかるしかない。その芝居のやり方は相手を飲み込むようなものなのか、距離を詰めてくる相手の気持ちを汲み取らず、目も合わさずに突き放すようなものなのか、内容によって変わるけれど、相手の“挑む”というモチベーションが感じられたときはすごく楽しいし、こっちも“いざ”っていう気持ちになる。もちろん、その『いまから行くよ!』っていう姿勢をこちらから示さないといけない場合もあるし、その状況を作り上げるのが監督の場合もありますよ。でも、いずれにしても、俳優が現場で求められるもの、やるべきことはそれだけだと思います」。
「自分がそれっぽい芝居をしていたときに『いや、そんなんじゃOK出さねえよ!』と言ってくれたのが中江功監督だった」
ちなみに、木村がこれまでの人生のなかで出会った風間公親のような存在は誰だったのだろう?せっかくなので、本作にちなんで最後に恐る恐る聞いてみると、これにも思いがけない人物の名前が意外なエピソードと共にあっさり返ってきた。
「蜷川幸雄さんもそうだし、テレビの世界では(ドラマ『華麗なる一族』や『MR.BRAIN』などを演出した)福澤克雄さんや、(ドラマ『ビューティフルライフ~ふたりでいた日々~』などを演出した)生野慈朗さん」と懐かしそうに目を細める木村。「映画の現場では三池崇史監督(『無限の住人』)や山田洋次監督(『武士の一分』、『TOKYOタクシー』)もそう。でもそんななか、自分がそれっぽい芝居をしていたときに『いや、そんなんじゃOK出さねえよ!』って言ったのが『教場』の監督を務めた中江功だった。ドラマの『若者のすべて』の撮影中のときのことで、当時30歳の彼はあの作品でチーフ(ディレクター)を始めたんじゃなかったかな?あの言葉はいまでも強烈に残っていますね」。
そのときのふたりが「教場」シリーズでこうしてタッグを組んだのも不思議な縁だが、木村の胸にはもうひとつ強く刻まれている言葉があるという。それは…山田洋二監督からいただいた「心を脱いでください」という言葉。しかも『武士の一分』(06)のときのことではなく、「今回(の『TOKYOタクシー』の現場でのこと)ですよ!」と念を押すから驚いた。
「それを言われたときは、撮影を進めなければいけないからちゃんと理解していないのに『はい』って言ってしまった自分がきっといたし、そのまま本番をやらせていただいて『カット!はい、いいでしょう』とは言ってもらったけれど、あれが正解かどうかはわからない。ひっくり返したら、裏に答えが載っている問題集とは違いまからね。その言葉の答えは何だろう?といまも思っているし、その答えを考えながら今後もやっていくような気がしていて。それがこれからもテーマになっていくというか、忘れてはいけない視点になるかもしれないですね」。
取材・文/イソガイマサト
