『たしかにあった幻』で河瀬直美監督と再会した尾野真千子&永瀬正敏が振り返る、特別な撮影現場「河瀬組を経験するとなにかが変わる」
「役を演じるのではなく、生きていただいてるなという感覚がありました」(河瀬)
――心臓の移植手術を待ちながら入院している久志のシーンでは、『萌の朱雀』でみちるを演じた時の尾野さんを思い出したそうですね。
河瀬「あの撮影中の真千子ちゃんは自分の感情が全部みちるに乗っかっていたんですよね。出てくる表情とか、バッと泣き始める瞬間に、嘘偽りがないわけですよ。無垢というか、演技経験がなかったから。ただ、本人がそれをどこかでが客観視していたのは感じたんです。みちるとして生きる快感を味わいながら日々を重ねていて、そういうところが久志を演じた中村旺士郎くんにもあったんですよね。彼はまだ10歳(撮影時)だったから、もう少し天然な感じもあったけど、自分の大事なお友だちが目の前で動かなくなっていることを感じている時、本当に震えていた。『萌の朱雀』でお母さんが倒れたことをみちるが聞いた時と似ていたんです」
永瀬「尾野さんが河瀬監督と出会ったのは中学生ぐらいですよね?」
尾野「14歳でしたね」
河瀬「永瀬くんもね、10代から様々な現場を経験してこられていますけど、最初に『あん』(15)に出ていただいた時は、独特のやり方に戸惑われたと思います。でも樹木希林さんとのセッションを目の当たりにした時は涙が出てきました。一人であん作りと向き合う徳江(樹木希林)さんを窓の外から見ているところは完全に千太郎という役になり切っていて。役を演じるのではなく、生きていただいてるなという感覚がありました。今回も雅也としてその場に居ていただいて、全部言わなくても全部わかってくれているという安心感は絶大でした」
――フランスから来たコリーを演じたヴィッキー・クリープスさんは、日本の撮影現場や河瀬監督の撮り方を体験するのも初めてで、苦労も大きかったのではと思われますが、同じ俳優の立場からはどのように見えましたか?
尾野「大変だろうなって…!日本語も勉強されたと思いますけど、満足に言葉の通じないなかではより大変だったはずですし、彼女の不安な顔を見ていた気がします。きっといろんなものと葛藤して闘っているんだろうなと。その気持ちはわかるので、心の中でずっと“頑張れ”と思っていました。とっても目が綺麗な方で、真っ直ぐ見つめると吸い込まれそうなぐらい。それがすごく印象的でした」
――尾野さんも永瀬さんも河瀬監督の作品には継続的に出演されていますが、そのことについてはどのような思いがありますか?
尾野「私にとっては女優としての生みの親なのでやっぱり特別です。現場でこんなにも極限まで追い込ませる監督もいません。この人の前では壊れてもいいんやなと思いますし、壊れる覚悟はしています。でも、さっき監督が『客観視』とおっしゃいましたけど、それはある意味気持ちのいい部分でもあって。ほかでは見せられない私の女優の姿が引き出されているので、きっと今後も河瀬直美の前でしか見せられない芝居というものがあるんだと思います」
永瀬「僕も一緒ですね」
尾野「ずるい(笑)!」
永瀬「(笑)。いや、本当、人を生きることを生業とするうえで、それがどういうことなのかというところに引き戻してくれる場所であると思っていて。相当の覚悟は要りますけど、自ら身を投じたい、すべてを預けたいと思える現場はなかなかあるようでないんですよね。河瀬監督の現場を一回経験するとなにかが変わるんじゃないかなという感じがします。今回自分が参加したのは短い時間だったんですけど、それでも一本の映画をやり遂げたような、一人の人生をちゃんと生きたようななにかをいただいて帰りました。でもね、帰ったと言ってもですね、河瀬監督の悪いところが唯一あるとすると、“リハビリ”をさせてくれないんですよ(笑)」
尾野「帰れない(笑)」
永瀬「役が自分の中にずっといるので、次の作品の台本をいただいても身が入らないんです。“お芝居”をしたんだったらもうちょっと冷静に客観的に見られるんでしょうけど、いまもこうして『あん』とか『光』の話を聞くと、その時の自分がまたよみがえってきちゃうんですよ。藤竜也さんが『全然リハビリをさせてくれない』というふうにおっしゃってたんですけど、そうだそうだって共感しました(笑)。でも、それは本当に貴重な経験をさせてもらっているなと思いますね」
取材・文/奈々村久生
※河瀬直美監督の「瀬」は旧字が正式表記
