『たしかにあった幻』で河瀬直美監督と再会した尾野真千子&永瀬正敏が振り返る、特別な撮影現場「河瀬組を経験するとなにかが変わる」
河瀬直美監督の劇映画としては『朝が来る』(20)以来6年ぶりの新作となる『たしかにあった幻』(公開中)。日本における臓器移植医療と行方不明者問題をテーマに河瀬監督がオリジナル脚本を手掛け、フランスから来た移植医療従事者のコリー(ヴィッキー・クリープス)を通して、愛のかたちと命のつながりが語られていく。
本作では介護の末に息子を亡くし、手作りのお弁当で闘病者家族をサポートするめぐみを尾野真千子、ドナーの父親として決断を迫られる雅也を永瀬正敏が演じている。劇中で共演シーンのなかった尾野と永瀬は、今回のインタビューでコロナ禍に撮影した『茜色に焼かれる』(21)以来の再会。尾野は自身の俳優デビュー作『萌の朱雀』(97)や『殯の森』(07)、永瀬は『あん』(15)、『光』(17)に出演し、河瀬監督とは勝手知ったる間柄の2人。久しぶりに集った“河瀬ファミリー”は時を超えた絆で結ばれていた。
「河瀬監督の映画に出るのは覚悟が要るんです」(尾野)
――尾野さんと永瀬さんが河瀬監督の作品に参加すること自体、かなり久しぶりだったのではないかと思います。初めてこの物語に触れた時はどんな心境でしたか?
尾野「最初は“出たくない”と思いました。理由はいろいろありましたけど、子どもを亡くした母親の役であること、少し前からそのような役が続いてもいたので、自分はいまそれができる状態ではないかもという気持ちがあって一回お断りしたんです。でも監督に『だからこそ、いまやるべきちゃう?』と言われて、心を決めました」
河瀬「私は狙った獲物は諦めないんです(笑)」
尾野「河瀬監督の映画に出るのはやっぱり覚悟が要るんです。ほかの現場とは全然やり方が違うので、撮影が始まる前からの心の準備がどうしても必要で、それはいわゆる役作りとも違う。そこと向き合う怖さがありました」
河瀬「今回真千子ちゃんにお願いしためぐみは、『殯の森』(07)に匹敵するような役。あの時も息子を亡くして一人で生きているお母さんでしたけど、ずっと喪失を抱えながら生きていく人です。表面上は明るいんですけど、見えないところでは繊細で壊れやすい。その人物を演じてほしいと託すと、マネージャーもつけずに一人で、リュック一つで現場に来てくれるんですよね。その覚悟をする時間が必要なんだとは思っていましたけど、断られる可能性も承知のうえでオファーしました」
永瀬「僕も最初にこの台本を読ませてもらった時は、苦しかったんですよ。自分の弟が生まれてすぐに心臓の病で亡くなっているので、臓器を提供する側と受け取る側の両方の気持ちが痛いほど迫ってきたんです。当時ちょうど別の作品のお話もいただいていたんですけど、その脚本を読んでいてもどうしても『たしかにあった幻』に戻ってしまう。そこからは尾野さんと一緒です。この映画にはたくさんの方が出ていらっしゃいますけど、誰もがその人を中心にして一本の映画ができるぐらいの役だと思うんですよ。これは相当な覚悟が必要だなと思いながらも、どうしようもなく引き寄せられている自分がいました」
――河瀬監督には脚本の執筆中から尾野さんと永瀬さんの顔が浮かんでいたのでしょうか。
河瀬「そうですね。脚本の段階でも、ドナー側の家族を主に描くのか、レシピエント側を主に描くのかについては、試行錯誤していました。特に臓器を提供されて助かるレシピエント側の感情というのはあまり表に出ていなくて、それを同軸で表現しなければと思ったんです。そのためには、いままでどこかしらでうちの現場を体験してくれた俳優さんに来てもらうしかあり得ないと思いましたし、永瀬くんだったら悲しみの中でも感情が崩壊するだけではないなにかをもたらしてくれるんだろうなという信頼もありました。2人が出てくれると決まった時点で、それを引き受ける私自身の覚悟も決まったんです」
