役者として様々な経験を積んだからこその到達点…『楓』で久々の正統派ラブストーリーに向き合った福士蒼汰の歩み
3つの顔を演じ分ける福士蒼汰の抑制された演技と空気感
そうした様々なキャリアの蓄積を経たいま、福士が挑んだ正統派ラブストーリーが『楓』である。本作で福士が演じるのは、事故死した双子の弟、恵とその兄である涼。涼が恵の恋人の亜子(福原遥)をこれ以上悲しませたくないという思いから、弟の“ふり”をして生きるというあまりにも切実な人間ドラマが展開されていく。
本作が描くのは、感情を激しくぶつけ合う恋ではない。大切な人を突然失い、喪失感に苛まれる人々が、“誰か”を想うがゆえに立ち止まり、ためらい、それでも相手を想い続けてしまう優しい愛の物語だ。
その繊細な関係性に説得力を与えているのが、福士の抑制された演技である。今回の彼は、涼と恵、そして恵のふりをして生きる涼という3つの顔を、わずかな表情の揺れや空気感の違いによって丁寧に演じ分けている。行定監督が本作に込めたキーワードの1つでもある“遠慮”と、福士の不器用でありつつも誠実さをにじませた演技が高い親和性を見せ、観る者の感情にそっと寄り添うような静かな感動をもたらしている。
そうした静かなる熱演を受け止める余白として、本作のロケーションもまた重要な役割を果たした。物語のキーとなる舞台となった、世界に3か所しかない星空保護区の最高位である「ゴールドティア」の1つ、ニュージーランドのテカポ湖。かつて恵と亜子が語り合った“彗星探し”の約束は、満天の星空の下で再び意味を帯び、登場人物たちの“大切な人への想い”を照らしだす。スピッツの「楓」が持つ別れと再生の余韻もまた、映像と音楽を通して胸に深く沁み込んでいく。
福士蒼汰の“恋愛映画としての到達点”となった『楓』
“役”と向き合う際には、ジャンルやキャラクターに囚われることなく「その人物や作品を理解し、好きになること」を大切にしていると語っている福士。これまで数多くの作品で与えられた役柄の内面を掘り下げて受け止めるなかで、演者として表現の引き出しを増やし、物語のなかで生きる人々の人生を描きだしてきた。
そんな積み重ねを経て、役者としての成熟を携えた彼が改めて真っ向から向き合った『楓』。彼の“恋愛映画としての到達点”を鮮やかに映しだすこの人間ドラマを、静謐な映像美と共に劇場で堪能してほしい。
文/足立美由紀
