観客をも欺く、天才ヒットマンの“完全犯罪”とは?マイケル・キートンが『殺し屋のプロット』で描く、緻密な筋立てと贖罪の物語
タイムリミットが迫るスリリングな展開と、観客をも欺こうとするプロット
完全犯罪をもくろむノックスの行く手には、極めて困難な2つのハードルが待ち受けている。第1のハードルは、息子のマイルズから依頼された殺人事件の隠蔽工作、その難易度の高さだ。マイルズが刃物でめった刺しにして命を奪った相手は、彼の愛娘である16歳のケイリーを弄んだ揚げ句、妊娠させた卑劣な犯罪常習者。いわば怒りに駆られた衝動殺人であり、マイルズの血痕や指紋があちこちにこびりつき、血みどろの被害者の遺体が放置されたままの現場を訪れたノックスは、ひと目で証拠の隠滅は不可能だと判断する。
それでもノックスは裏社会のプロとして培った知識と経験を活かし、ある工作に取りかかる。私たち観客はノックスが殺人現場で凶器などを回収し、監視カメラの映像に手を加え、指紋や髪の毛がついた物証をある場所に隠すといった行動を、すべて目の当たりにする。しかしノックスの心の奥底に潜むもの、すなわち彼の真意はまったくわからない。そのようなキートン監督が意図的に描かなかった“空白”のパートが、「はたしてノックスは、いかなる完全犯罪を狙っているのか?」という謎を生じさせ、観る者の想像力を刺激する。そう、本作は入念に組み立てられたミステリー映画でもあるのだ。
一方、地元のロサンゼルス市警も殺人事件の捜査に乗り出す。優秀な日系の女性刑事イカリ(スージー・ナカムラ)が率いる捜査チームは、様々な手がかりを検証し、事件の背後にノックスが暗躍しているのではないかとにらむ。ところが当のノックスはまるで警察の動きを先読みしていたかのように、事情聴取に呼び出されても慌てる素振りさえ見せない。ノックスとイカリ刑事が取調室で繰り広げる丁々発止のやりとりには、奇妙なユーモアすら漂う。警察はもちろんのこと、観客をも欺こうとするノックスの完全犯罪のトリックは、どのような“プロット(筋立て)”で成り立っているのか。クライマックスで明かされるその驚くべき真実が、本作最大の見どころとなる。
ノックスを苦境に追いやる第2のハードルは、ある意味、殺人の隠蔽以上に過酷であり、実質的に克服する術のない障害だ。彼が患っているクロイツフェルト・ヤコブ病は、物忘れや目まい、不安といった症状から始まり、極度の認知機能の低下などを引き起こす。医師から余命宣告にも似た“数週間”というタイムリミットを告げられたノックスは、時間との闘いをも強いられることになる。
キートン監督は刻一刻と症状が悪化し、行く先々で発作に見舞われて意識が混濁してしまうノックスの極限状況を、観る者に疑似体験させる演出を実践。クリストファー・ノーラン監督が特異な記憶障害に苛まれる男の復讐劇を映像化した『メメント』(00)、認知症が進行した老人の主観的視点を採用したアンソニー・ホプキンス主演作『ファーザー』(20)を彷彿とさせる描写が、ノックスが陥った危機的状況のサスペンスをいっそう増幅させていく。
