観客をも欺く、天才ヒットマンの“完全犯罪”とは?マイケル・キートンが『殺し屋のプロット』で描く、緻密な筋立てと贖罪の物語

コラム

観客をも欺く、天才ヒットマンの“完全犯罪”とは?マイケル・キートンが『殺し屋のプロット』で描く、緻密な筋立てと贖罪の物語

1980年代後半にティム・バートン監督と組んだ『ビートルジュース』(88)、『バットマン』(89)で一躍スターダムにのし上がり、その後も『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(14)、『スポットライト 世紀のスクープ』(15)などで絶大な存在感を示してきたマイケル・キートン。このハリウッド屈指の名優が、主演のみならず監督、製作を兼任した『殺し屋のプロット』が12月5日(金)に公開される。ノワール映画の伝統的なキャラクターである“殺し屋”を独自の視点で探求し、観る者をスリリングにして奥深い映像世界へと誘う本作の魅力を、イラストレーター&エッセイストの石川三千花の描き下ろしイラストと共に紹介する。

舞台は現代のロサンゼルス。ベテランの殺し屋ジョン・ノックス(キートン)が、ひどい物忘れに不安を抱き、病院で精密検査を受ける。その結果、医師から宣告された病名はクロイツフェルト・ヤコブ病。アルツハイマー病に似た初期症状が特徴で、脳機能障害の進行速度が速く、しかも治療法がない難病だ。やがて仕事中に誤って相棒を撃ち殺してしまったノックスは引退を決意するが、新たな難題が持ち上がる。長らく疎遠だった息子のマイルズ(ジェームズ・マースデン)が突然現れ、「助けてくれ…人を殺した」とすがりついてきたのだ。事情を察したノックスは、容赦なく悪化する病に苦しみながらも、人生最期の“完全犯罪”に挑んでいく…。

キートンが体現!冷徹さと不完全さが同居する、人間らしさに満ちた殺し屋

急速に記憶を失うノックスは、完全犯罪の計画をメモ帳に書き留め遂行していく
急速に記憶を失うノックスは、完全犯罪の計画をメモ帳に書き留め遂行していくイラスト/石川三千花

映画史上にあまた存在する“殺し屋”ものは、おもに2つのカテゴリーに大別できる。1つはキアヌ・リーヴス主演の「ジョン・ウィック」シリーズ(14~23)に代表される、華麗でハードなガンファイトを大々的にフィーチャーしたクライム・アクション系。もう1つは、主人公である殺し屋の生き様に焦点を当てた人間ドラマ重視の作品群だ。キートンが実に15年ぶりに2度目のメガホンを執った本作は、ずばり後者のカテゴリーに属する。

まず、序盤で描かれる主人公ノックスのキャラクターが、実にユニークで興味深い。陸軍偵察部隊の元将校で、大学で教鞭を執り、2つの博士号を取得。哲学書を読むのが趣味ゆえに、“アリストテレス”というあだ名を持つノックスは、超インテリのヒットマンだ。その半面、妻ルビー(マーシャ・ゲイ・ハーデン)との結婚生活が破綻し、息子のマイルズとも絶縁を余儀なくされた彼は、家族の温もりとは無縁で、ひっそりと孤独な晩年を送っている。殺し屋としての冷徹なプロフェッショナリズムと、ひとりの人間としての不完全さ。自らノックスに扮したキートンは、そんな主人公の二面性をこのうえなく繊細なたたずまいで表し、現実世界に存在するかのようにリアルな殺し屋のポートレートを完璧に体現した。

エリート学歴を持つ凄腕の殺し屋、ジョン・ノックス(マイケル・キートン)
エリート学歴を持つ凄腕の殺し屋、ジョン・ノックス(マイケル・キートン)[c] 2023 HIDDEN HILL LLC. ALL RIGHTS RESERVED.


また、キートンが惚れ込んだグレゴリー・ポイリアーのオリジナル脚本は、上記のきめ細やかなキャラクター造型をベースにして、人生最期の仕事に身を投じていくノックスの運命を緊迫感たっぷりに描出。知的好奇心をかき立てるスリルに満ちあふれ、あらゆる観客の予測を巧妙かつ鮮やかに裏切る極上の殺し屋映画が完成した。

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