世界を敵に回した海江田四郎が目指す理想とは?『沈黙の艦隊 北極海大海戦』に至る壮絶な攻防を振り返る
海江田を支える優秀な乗組員たち
いくら海江田が並外れた操艦技術の持ち主でも、巨大な潜水艦は1人では動かせない。シーバット=やまとには、海江田を含め、全76名の優秀な乗組員がいる。自衛隊員だった彼らは、安全保障条約を結んでいる同盟国のアメリカに反旗を翻すことの重大さは十分に承知しているはずだ。おそらく強制などではなく、それぞれが自らの意思で、海江田と運命を共にすることを決めたのだろう。海江田の右腕である副長の山中英治(中村蒼)や、抜群の聴覚を持つ水測員長の溝口拓男(前原滉)をはじめ、次々と危機に直面しても有能な仕事ぶりを見せる乗組員たちと海江田との厚い信頼関係が頼もしい。
そんなやまと乗組員のなかでも、特に注目したい人物の一人が、IC員の入江覚士(松岡広大)。かつての海難事故で海江田が救えなかった入江蒼士の弟である。見方によっては、海江田は大好きな兄を見捨てた男。海江田を憎んでもおかしくない覚士が、兄の死後、海江田の艦に乗り、誠実に任務を遂行していることの意味は大きい。時には艦の向かう先に不安を感じる覚士を、心から海江田を敬愛していた亡き兄の「海江田艦長は誰も知らない世界に連れて行ってくれるような気にさせてくれる、すごい人だよ」という言葉が支えている。
海江田と対峙しながらしだいにその信念を理解していく者たち
海江田が常々言う「サブマリナーとしての誇り」を持って共に戦うのは、かつての仲間も変わらない。彼の信念には正義があることを理解し、いち早く海江田の艦を「シーバット」ではなく「やまと」と呼んで敬意を表した第2護衛隊群司令「あしがら」艦長の沼田。そして、当初はなにかあれば「やまと」を沈めることも辞さない覚悟だった「たつなみ」艦長の深町。東京湾海戦で「やまと」が第7艦隊から総攻撃を受けた際は、どちらも自らの艦を盾にして、「やまと」を守り抜くことを選んだ。
また、補佐役として「シーバット」に同乗していた米軍太平洋艦隊のデビッド・ライアン大佐(ジェフリー・ロウ)は、海江田の反乱により、複雑な立場に置かれてしまった人物だ。米軍との戦いにおいて、大佐は大事な人質でもあったわけだが、海江田は「大佐は捕虜ではない」と乗組員に伝え、一貫して紳士的に接していた。一度は海江田を殺そうと試みたこともあった大佐の心境の変化は、終盤、海江田の趣味であるクラシック音楽を一緒に聴き、「積極的に君を支持するつもりはないが、見聞きしたことは歪めず証言する」と約束したことにも表れている。
「やまと」を率いる海江田に翻弄される日米政府
一方、実際の海江田の人間性をまったく知らない日米政府関係者にとって、海江田による独立国「やまと」建国の宣言は、衝撃でしかなかった。潜水艦「やまと」を「どこの国にも属さない戦闘国家とし、強国の思惑に支配された国連軍にはできない軍事国家として、世界各国に対抗していく」というのが海江田の考えだ。大国による偽善的な侵略を許さず、全人類の恒久的な平和を求める「やまと」の軍事行動は“専守防衛”に徹し、他国からの攻撃がない限り、戦闘の意思はない。と同時に、真の独立と尊厳を得るためなら、武力衝突も恐れない。「真の国際社会は、核保有国が主導権を持つ社会ではない」と語る海江田は、さらに「やまと」が核弾頭を保有していることを示唆し、日米両国に深い動揺を与える。
「やまと」との同盟を決意した日本政府
戦争のない自由な世界を目指す、海江田のすべての行動の目的は「地球を一つの国家にする」こと。果たして、彼は平和を求める理想主義者か、詭弁を弄するテロリストか。核燃料や魚雷を含む補給など、「やまと」が軍事的能力を最大限発揮するために必要な援助を唯一の条件として、独立国「やまと」との軍事同盟を求められた日本政府は決断を迫られる。
平和的解決を望み、日本は二度と戦争の過ちを繰り返さないと胸に誓う内閣総理大臣の竹上登志雄(笹野高史)。自分の国は自分で守ることを信念とする防衛大臣の曽根崎仁美(夏川結衣)。日米関係が悪化しないための後処理に心を砕く外務大臣の影山誠司(酒向芳)。そして、大国が戦力で抑え込む時代ではないという点で、海江田の考えに共鳴し、命を懸けて行動している彼に勇気づけられる内閣官房長官の海原渉(江口洋介)。それぞれの意見を交わした末、ついに日本政府は「やまと」との同盟を決意した。