主人公のモデルはウェス・アンダーソンの義父?トリビアから“原点回帰的”と言われる所以まで。『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』徹底解説

コラム

主人公のモデルはウェス・アンダーソンの義父?トリビアから“原点回帰的”と言われる所以まで。『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』徹底解説

唯一無二の映像世界を武器に、個性派監督として根強い支持を集めるウェス・アンダーソン監督の最新作『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』がついに公開となった。今回も主演のベニチオ・デル・トロを筆頭に、トム・ハンクス、スカーレット・ヨハンソン、ベネディクト・カンバーバッチら豪華キャスト陣が出演。一方で、一見するとハードルの高いアート系映画のよう…ということで、なんだか難しそうと思っている人も少なくないのでは?そこで本稿では、架空の大独立国を舞台にした物語と世界観、テーマにある家族愛、ウェス映画ならではの特徴やトリビアを、劇作家、演出家、俳優、映画・海外ドラマライターとして活躍する長内那由多が解説。これを読めば本作がより楽しく観られるはず!

悪名高い大富豪とその娘との資金調達の旅を描くロードムービー

アナトール・“ザ・ザ”・コルダ。世界有数の大富豪にして、経済界を牛耳る巨人。冷酷非情なディールメーカー。現在は独立大国フェニキアで一大開発事業を計画中だ。その強引な手法には反発も多く、これまで幾度となく暗殺計画をかいくぐってきた。今回もプライベートジェット機が爆破されるなか、なんとザ・ザは自ら操縦桿を握り、不時着に成功する。九死に一生…いやいや、内臓はみ出てるんですけど!

強引な手法には反発も多く、6度もの暗殺をしぶとく生き延びたザ・ザ
強引な手法には反発も多く、6度もの暗殺をしぶとく生き延びたザ・ザCourtesy of TPS Productions/ Focus Features [c]2025 All Rights Reserved.

カメラの後ろで笑い転げる姿が目に浮かぶウェス・アンダーソン監督の新作『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』は、ジャンルの定義が難しかった近作から一転、サスペンスコメディとして幕を開ける。6度目の暗殺事件を経たザ・ザは不測の事態に備え、後継者に修道女である長女リーズルを指名。生まれてからろくろく交流もなく、遠く修道院に追いやられていた彼女は父親のことが信用ならない。敵対勢力の陰謀により莫大な損害を被ったザ・ザは、出資を取り付けようとリーズルを伴い、世界各地のビジネスパートナーを頼って行脚する…。一見、プロットラインは込み入っているように思えるが、ウェスは伝統的なロードムービーの体裁を取り、疎遠な父娘が互いを知る物語に自身の長年のモチーフである家族愛を盛り込んでいる。

計画への出資を得るため、世界各地のビジネスパートナーを頼る旅に出る
計画への出資を得るため、世界各地のビジネスパートナーを頼る旅に出るCourtesy of TPS Productions/ Focus Features [c]2025 All Rights Reserved.

親子の関係性を軸にした原点回帰的な作品に

気心知れた仲間たちと、好きな映画を思うままに撮ってきた映画青年も今年56歳。近年は名匠然とした風格も漂い、一口では語りきれない難解な作品が続いてきた。ターニングポイントはアカデミー賞作品賞にノミネートされた『グランド・ブダペスト・ホテル』(13)だろう。カリスマコンシェルジュが繰り広げる冒険活劇には、2000年代後半からパリに居を構え、欧州文化を吸収してきたウェスの旧きよき時代へ寄せる憧憬が色濃く出ていた。

アカデミー賞作品賞にノミネートされた『グランド・ブダペスト・ホテル』がターニングポイントに
アカデミー賞作品賞にノミネートされた『グランド・ブダペスト・ホテル』がターニングポイントに[c]Everett Collection/AFLO

以後、フランスを舞台に雑誌カルチャーへの敬意を込めた『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』(21)、1950年代アメリカを舞台に演劇文化へのオマージュを捧げた『アステロイド・シティ』(23)を発表。勢いは留まるところを知らず、2023年にはロアルド・ダール原作の短編集『ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語』(23)をNetflixからリリースし、自身初のアカデミー賞短編映画賞に輝いた。


独自の作家性を持ち、自由な発想で映画を作ってきたウェス・アンダーソン
独自の作家性を持ち、自由な発想で映画を作ってきたウェス・アンダーソンCourtesy of TPS Productions/ Focus Features [c]2025 All Rights Reserved.

スタイルはますます様式化し、幾層もの入れ子構造で複雑化した作品は既存のジャンルから逸脱。作家性を不動のものとする。今回の『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』はトレードマークの一つであるオフビートなナンセンスギャグが前景化。随分、肩の力が抜けた印象だ。なによりブレイク作『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』(01)から続く親子の関係性を描き、原点回帰したような印象がある。

2000年代後半からパリに居を構え、欧州文化を吸収してきたウェス
2000年代後半からパリに居を構え、欧州文化を吸収してきたウェスCourtesy of TPS Productions/ Focus Features [c]2025 All Rights Reserved.
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