偶像の再生、叶うことのない夢を追って『MR.JIMMY ミスター・ジミー レッド・ツェッペリンに全てを捧げた男』【小説家・榎本憲男の炉前散語】

偶像の再生、叶うことのない夢を追って『MR.JIMMY ミスター・ジミー レッド・ツェッペリンに全てを捧げた男』【小説家・榎本憲男の炉前散語】

小説家で、映画監督の榎本憲男。銀座テアトル西友(のちに銀座テアトルシネマ)や、テアトル新宿の支配人など、映画館勤務からキャリアをスタートさせた榎本が、ストーリーを軸に、旧作から新作まで映画について様々な角度から読者に問いかけていく「小説家・榎本憲男の炉前散語」。第8回は、いまもなお語り継がれる伝説的なロックバンド、レッド・ツェッペリンの誕生の軌跡を描いたドキュメンタリー映画『レッド・ツェッペリン:ビカミング』(公開中)の公開を記念し、今年の初めに公開された同バンドにまつわる映画『MR.JIMMY ミスター・ジミー レッド・ツェッペリンに全てを捧げた男』で描かれる、とある日本人の特異な欲望を解剖していきます。

ジミー・ペイジとの衝撃の出会いを果たした、桜井昭夫という男

『レッド・ツェッペリン:ビカミング』を見ました。どちらかといえばこのバンドの熱心なファンの部類に入ると言えるであろう僕にとって、ほとんどが知っていることだったのですが、ニュー・ヤードバーズと名乗っていた時代のライブ映像を大きな画面で見られたのは貴重な体験でした。けれど、この有名バンドにヒット曲だけで馴染んでいる人にとっては、作品のテーマ(つまりこのコラムの線に沿って言えば“欲望”)は、すこし見えにくいかもしれません。

本ドキュメンタリーが取り上げている時間の幅は、ジミー・ペイジ、ロバート・プラント、ジョン・ボーナム、ジョン・ポール・ジョーンズという4人のミュージシャンが集まり、バンドが結成され、いよいよ怪物のようなバンドに発展する兆しが見えたところまでです。レッド・ツェッペリンはファーストアルバムの時点ですでに、一般のリスナーから熱狂的に迎えられた一方で、ローリングストーン誌をはじめとして、批評家からかなり長期にわたり(僕に言わせればほとんど嫌がらせのような)批判をされ続けたバンドでした。また、アメリカでは高いレコードセールスとコンサートへの集客を達成していたのですが、母国のイギリスではイマイチでした。ですから、「きちんと評価されたい、特にイギリスで」という欲望が、この作品の途中から徐々ににじみ出てきます。

左からジョン・ポール・ジョーンズ、ロバート・プラント、ジョン・ボーナム、ジミー・ペイジ(『レッド・ツェッペリン:ビカミング』)
左からジョン・ポール・ジョーンズ、ロバート・プラント、ジョン・ボーナム、ジミー・ペイジ(『レッド・ツェッペリン:ビカミング』)[c]2025 PARADISE PICTURES LTD.

さて、約半年ばかり先行し、今年の初めにレッド・ツェッペリンにちなんだドキュメンタリー映画が公開されていました。こちらはレッド・ツェッペリンを追ったものではなく、レッド・ツェッペリンのリーダーであり、プロデューサー、ギタリストでもあるジミー・ペイジに憧れ、ジミー・ペイジになろうとする男に取材した作品です。そして、欲望という観点から、この『MR.JIMMY ミスター・ジミー レッド・ツェッペリンに全てを捧げた男』(以下、『MR.JIMMY』)を振り返ると、思わず頭痛がしてくるのです。なぜならば、そこに描かれている欲望がとてつもなく複雑で、それについて真剣に考えれば考えるほど、どう評価していいのか戸惑ってしまうからなのです。

新潟県十日町市で生まれ育った桜井昭夫は、田舎町の映画館でレッド・ツェッペリンのドキュメンタリー映画『レッド・ツェッペリン狂熱のライヴ』(76)を見て、バンドが生み出すサウンドはもちろんですが、とりわけジミー・ペイジのパフォーマンスに衝撃を受け、それ以降、ジミー・ペイジになることに人生を捧げることになります。実は僕も、桜井と似た体験をしました。高校生だった僕は、和歌山県の地方都市の映画館で、たった一日だけのこの映画の特別上映にかけつけました(観客数は僕の記憶では40人ほどでした)。そして、桜井と同様、恐ろしいほど感動しました。特に、ジミー・ペイジのかっこよさは衝撃的で、どのロックギタリストよりも低い位置で構えるギターのポジションも、リズムに合わせて踏むステップも、そしてアンテナのついた不思議な楽器を操る手さばきも(当時は手をかざすだけでなんでこんな音が出るのかよくわからなかったのですが、のちに自分が勤務していた銀座テアトル西友でサンダンスフィルムフェスティバルを開催したとき、それがテルミンという電波楽器だったことを知りました)、なにもかもが圧倒的にかっこよかったのです。


レッド・ツェッペリンのコンサートの様子などを収めたドキュメンタリー映画『レッド・ツェッペリン狂熱のライヴ』
レッド・ツェッペリンのコンサートの様子などを収めたドキュメンタリー映画『レッド・ツェッペリン狂熱のライヴ』[c]Everett Collection/AFLO

幸いなことに、僕はギターを弾けなかったので、僕のジミー・ペイジの模倣はエアギターで踏みとどまることができました。しかし、桜井はちがいました。彼はジミー・ペイジにのめり込み、完全な模倣を追求することに全人生をかけることになるのです。

■榎本憲男 プロフィール
1959年生まれ、和歌山県出身。小説家、映画監督、脚本家、元銀座テアトル西友・テアトル新宿支配人。2011年に小説家、映画監督としてデビュー。近著には、「アガラ」(朝日新聞出版)、「サイケデリック・マウンテン」(早川書房)、「エアー3.0」(小学館)などがある。「エアー2.0」では、第18回大藪春彦賞の候補に選ばれた。映画『カメラを止めるな!』(17)では、シナリオ指導として作品に携わっている。


小説家・榎本憲男の炉前散語

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