殺し屋たちの戦いを描く主演作『カマキリ』がヒット中!非実在的人物を“キャラ化”させるイム・シワンの卓越した演技力
“演技のできるアイドル”から“実力派俳優”への進化
ソンヒョン監督の作品に初めて出演した『名もなき野良犬の輪舞』(17)では、闇組織のナンバー1を狙う野心家ジェホ(ギョング)の右腕ヒョンスを演じた。実はヒョンスは、組織を壊滅させるべく送り込まれたアンダーカバーだったのだが、ジェホと強い絆が生まれていくにつれて、感情的にも抜き差しならない深みにはまっていってしまう。
ソンヒョン監督は「“序盤は明るいキャラクターでいこう”と大枠だけ示して、ほかはほとんど口出しをしていない」そうで、若くてピュアなヒョンスがジェホへの思いゆえにしだいに暗くなっていく姿にせつなさをおぼえた観客も多かったはずだ。さらに後半、シナリオ上は泣く場面ではないシーンで、シワンが思わず涙を流してしまったそうだ。当初監督は「まだ涙は流さないでほしい」とディレクションをしていたものの、「悲しい気持ちではなかったが、涙が出てきた」と言うシワンの悲しげな表情があまりにすばらしく、そのシーンを使うことにしたという逸話もある。
演技ができるアイドルは韓国芸能界では“演技ドル”と呼ばれ、イム・シワンはその元祖とされている。熾烈な競争を勝ち抜いてアイドルデビューした、その勘所が演技でも発揮されたシワンはみるみるうちに役者としても開眼。『弁護人』、「ミセン ー未生ー」の成功を経てすぐさまアイドル出身という肩書きすら不要になったのだ。
韓国で初めて航空災害を扱ったハン・ジェリム監督『非常宣言』(22)で、悪役としてまた一つ演技のレベルを上げた形になった。シワンが演じたのは、機内でバイオテロを引き起こすテロリスト、リュ・ジンソクだった。「僕はこの飛行機の乗客に全員死んでほしい」という、動機とも言えない動機で便をランダムに選んだうえ殺傷能力の高いウイルスを散布し、乗客を未曽有の恐怖にたたき落とした。こうしたソシオパス(反社会性パーソナリティ障害)と呼ばれる人物は映画でもドラマでも重宝されるキャラクターで、高笑いをしながら凶器を振り回すなどクリシェに陥ってしまうことが多い。
しかしシワン演じるジンソクは、計画を遂行する冷静さと、突如激しくなる感情の起伏が絶妙だった。監督からは人物像の参考として、2017年にラスベガスで起きた銃乱射殺傷事件の犯人をアドバイスされたそうだが、「これは本当に現実で起きることなのかどうか、探りながらキャラクターを造型する」という役作りによってシワンにしか表現できないソシオパスに仕上がった。その後も『スマホを落としただけなのに』ではヒロインを追い詰めるサイコパス役を、「イカゲーム3」ではコイン投資ユーチューバー役をそれぞれ演じ、演技力を称賛されている。
どのようなキャラクターでも吸収することができるのは役者として純粋だからこそであり、それはイム・シワンが授かった大きなギフトではないだろうか。この先もまだまだ、役者としての高みまで上り詰めていくことだろう。
文/荒井 南