岩井澤健治監督&魚豊が明かす、劇場アニメ『ひゃくえむ。』誕生裏話。漫画とアニメそれぞれの”恐れ”の描き方とは
「チ。―地球の運動について―」で手塚治虫文化賞マンガ大賞を史上最年少受賞した魚豊(うおと)の連載デビュー作「ひゃくえむ。」は、陸上競技の世界で、“100m”というたった10秒の一瞬の輝きに魅せられた者たちの狂気と情熱を描いた物語。『音楽』(20)の岩井澤健治監督によってアニメーション映画化され、9月19日(金)より公開される。キャラクターたちが100mを走る姿や、100m走にかける想いに惹き込まれていく圧倒的パワーを持つ本作はどのようにして生まれたのか。岩井澤監督&原作者の魚豊に物語の誕生から、映画完成までの道のりを振り返ってもらった。
生まれつき足が速い“才能型”のトガシと、トガシとの出会いによって100m走にのめり込んでいく“努力型”の小宮という対照的な主人公2人の姿を描いた本作。松坂桃李と染谷将太がW主演で、トガシ、小宮の声をそれぞれ担当。トガシと小宮に大きな影響を与える財津役を内山昂輝、財津に王者の座を阻まれ続ける海棠役を津田健次郎、次世代の陸上界を担う有望ランナーの樺木役を内田雄馬が務めている。疾走感あふれるレースシーンも見どころで、走りのリアリティを追求するため、第一線で活躍してきた陸上アスリートから協力を得て、彼らの走りを3DCGで再現したものをベースに作画。例えばトガシのスプリントフォームはロンドン五輪の日本代表の江里口匡史をベースに、小宮のフォームは若手有望株の陸上選手の山本匠真の協力によるもので、他にも樺木は鵜澤飛羽、財津は金丸祐三、海棠は朝原宣治と、いずれも実在するトップアスリートの走りが動きに反映されている。
「すごく贅沢な作り方をしています」(岩井澤)
――本作ではロトスコープ(生身の人間の動きを撮影し、それをトレースしてアニメーションにする手法)が用いられていますが、正式に映画化が決まる前に、作品とロトスコープの相性を検証するためのパイロット版の映像を作られたとのこと。監督、原作者の視点からどのようなところに「相性の良さ」を感じたのかを教えてください。
岩井澤「実は、パイロット版の時点では相性の良さというのはあまり感じていなくて。まずはロトスコープという手法が本当にこの作品に合うのかどうかを確かめるためのパイロット版の制作という感じでした。走っているシーンは自転車で並走しながら撮影を試みたのですが、一瞬で抜かされちゃうんです(笑)。とにかく画を撮るのが難しくて『無理かもしれない…』と思ってしまいました。頑張ってなんとか1分30秒の映像を完成させたのですが、どうすれば形になるのか、いろいろと試しながら制作する時間になっていました。正直、その時点では手応えはあまりなかったです」
魚豊「パイロット版は映画のようなキャラクターの顔(デザイン)になっていましたっけ?もうちょっと緩い感じだったと記憶しているのですが…」
岩井澤「割と原作に近いものでした。その辺も含めていろいろお試しだったので…」
魚豊「すごく不思議な感覚で、ロトスコープってやっぱりすごくおもしろいと思ったことはよく覚えています。手法は細かく知らなくてもおもしろさを強く感じ、いいなと感じた記憶があります。合うというよりも観たい。運動しているアニメーションの表現をロトスコープで観てみたいという気持ちでした」
――まさに検証といった形でのパイロット版。そこでの気づきで実際に映像化に役立ったことはありますか?
岩井澤「パイロット版ではあまりなかったかもしれません(笑)。この作品のためにチームを作ったこともあって、チーム作りとロトスコープの最適解を検証しつつ、進めていったというのが正直なところ。言い方はあれですが、見切り発車のところで始まって。本来であればパイロット版ですべて検証できるのが理想ですが、パイロット版はパイロット版で1分30秒の作品を、その後、また新たに106分の作品を作るという感じでした。もちろん監督としてゴールがしっかり見えてからの発車ですが、スタッフは疑心暗鬼な部分もあったかもしれません(笑)。でも、トライアンドエラーを繰り返しながら徐々に『すごいものができているぞ』という実感があって。僕の言っていることを信じて『やるしかない』とついてきてくれたチームには感謝しかないです。絵コンテを設計図にしてアニメーターが映像にするという通常のアニメーション作りとは違う進め方は、僕が実写畑出身だからというのも影響していると思います。通常は作ったものをバッサリ切ることはなかなかないのですが、割と大胆にそういうこともやっていて。すごく贅沢な作り方をしています」
――それが観たことのない映像表現につながっているということですね。
岩井澤「そう思っていただけるとうれしいです。魚豊先生に観ていただいた途中経過の映像は、実写だけの部分もかなりある、いわば“仮”の状態のもの。最終的にどういった映像になるのか、想像が難しかったと思います」
魚豊「途中で通しの映像をいただいたのですが、アニメーションとしてどのような映像になるのか想像できない部分もありました。でも、僕は映像に関しては素人。展開やセリフについて確認をすることはあっても、映像に関してはおまかせです。出来上がってくるものが楽しみという気持ちのほうが強かったです」