押井守、『シビル・ウォー』から紐解く“内戦”の歴史。戦争映画でロードムービーを選択する意味とは?【押井守連載「裏切り映画の愉しみ方」第2回前編】

インタビュー

押井守、『シビル・ウォー』から紐解く“内戦”の歴史。戦争映画でロードムービーを選択する意味とは?【押井守連載「裏切り映画の愉しみ方」第2回前編】

独自の世界観と作家性で世界中のファンを魅了し続ける映画監督・押井守が、Aだと思っていたら実はBやMやZだったという“映画の裏切り”を紐解いていく連載「裏切り映画の愉しみ方」。第2回となる本稿では、内戦が勃発した近未来のアメリカ合衆国を描くアレックス・ガーランド監督の『シビル・ウォー アメリカ最後の日』(24)を取り上げ、独特な映画の愉しみ方を語り尽くします。

押井守監督が映画の愉しみ方を語り尽くす!
押井守監督が映画の愉しみ方を語り尽くす!撮影/河内彩

「まさか戦場カメラマンが主人公のロードムービーとは思わなかった」

――連載2回目になる押井さんの「裏切り映画の愉しみ方」。今回のお題は『シビル・ウォー アメリカ最後の日』です。監督は『エクス・マキナ』(14)など、SF作品が多い英国出身のアレックス・ガーランド。いまのアメリカでシビル・ウォー、つまり南北戦争のような内戦が起きたらどうなるかという“if”の話を戦場カメラマン視点で描いています。日本公開当時、アメリカ大統領選が目前とタイムリーな作品だったせいもあり、日本でもスマッシュヒットになっています。

「なぜ『裏切り映画』にしたかはすぐにわかるでしょ?ずっと観たかった映画の1本ではあったんだけど、まさか戦場カメラマンが主人公のロードムービーとはと驚いてしまった。予告編から予測できないことはなかったとはいえ、やっぱり『裏切られた!』って感じだよね」

――ということは、タイトルから戦争映画だと期待していた?

「もちろんそうです。それも“シビル・ウォー=内戦”じゃないの。いまのアメリカ、分断が叫ばれているこの時に描くってどんな戦争になるのかと思ったんだよね」

戦争映画だと思いきやロードムービーであることが、期待していたものに対する“裏切り”だったと話す
戦争映画だと思いきやロードムービーであることが、期待していたものに対する“裏切り”だったと話す撮影/河内彩

――製作はトランプが大統領に就任する前でしたけど。

「違います。国が分断しているからトランプは大統領になれたんです。アメリカには政党的に民主党と共和党という2つの価値観があるけど、市民レベルでも価値観が割れていた。そもそもアメリカは多民族多文化というのもあって、誰かが自己主張しない限りまとまらない国なんです。もっと言えば対外戦争をやっていることで成立している国でもある。だから戦争を止めるわけにはいかない。絶えずどこかで戦争をするという宿命を背負っている。価値観が一致しない国民の統合のためには、常に外敵の存在が必要なんです。それが転じて内戦になると相当悲惨なことになる。彼らは内戦をすでに南北戦争で経験しているし、いまでも南部の人間は北の人間を恨んでいる。いまだに南部の国旗を掲げるおっさんがいるじゃないの。北軍は南部を焼き払い虐殺もした。戦後は北部の資本を持ち込んで南部の地場産業、綿花を壊滅させたからですよ。

ちなみに、南部を支えていたのはフランス。フランスの後ろ盾があったから戦えたんです。外部勢力を入れない限り戦えなかったわけだけど、こういう状況は日本でもあった。幕末の日本では、イギリスもフランスも援助する気満々だった。イギリスは薩長を推し、フランスは幕府に支援を申し込んだ。でも、徳川幕府はそれを断ったんだよ。これが最大の英断だった。この決断がなければ日本は明治維新を迎えることができなかったといってもいい。外国勢力の目的は自分たちの利権を追求したいから、最終的には植民地にしたい。実のところ、これはいまでも世界中で起きている。いまの時代、堂々と植民地化するとは言えないけど、経済的に植民地化するのは可能だから」

大統領に直撃インタビューを行うため、首都ワシントンD.C.に向かうジャーナリストたちを描く
大統領に直撃インタビューを行うため、首都ワシントンD.C.に向かうジャーナリストたちを描く[c]EVERETT/AFLO


――ヨーロッパ諸国がアフリカやアジアを植民地化していたことを当時の江戸幕府は知っていたんですか?鎖国中ですよね。

「知っていました。鎖国していたとはいえそういう情報を収集していたの。そういう世界の状況を知っていたからこそ日本を存続させるためには大政奉還しかないとわかっていたんです。あの時代の日本のトップや政治家はいまの政治家たちよりダンゼン賢かったということだよ。
私はそういう幕末の歴史にも興味があっていろいろと調べたり読んだりしたし、『わんわん明治維新』という漫画本も出したくらい。売れませんでしたが(笑)」

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