「変わりたい部分と変われない部分があるのが人間らしさ」(モモコ)
奥浜「男性陣のキャラクターはいかがでしたか?三浦友和さんが演じていた、悦子の義父の緒方は、かつての教え子でその後教鞭をとっている高校の教師に、『あなた方の軍国教育によって、日本は間違った方向に進んでしまった』と責められるシーンがありました」
モモコ「その時に、緒方が強く反発していたのも印象的でしたね。けっこう穏やかなタイプの人なのかと思いきや、すごく熱を持っている部分もある。それでいて、悦子にオムレツの作り方を自ら教わろうとしているシーンのように、緒方自身、変わらなきゃいけないと思っている部分も感じました。でも、悦子には、『いまからやったって、できませんよ?コックにでもなるおつもりですか?』みたいにあしらわれてしまって。変わりたいって思いつつも、いままで自分がやってきたことは正しいんだと思いたい。変わりたい部分、変われない部分、そういう矛盾を抱えたキャラクターだと思って、おもしろく観ましたね。
そういう部分、もしかしたら自分にもあるかもなあって。柔軟でありたいと思いつつ、ここだけは曲げられない!っていうプライドがあったりして。そういう意味でも、緒方は人間味がすごく感じられるキャラクターだったなと思います」
「観れば観るほど、味が濃くなる映画」(モモコ)
奥浜「この物語では、ニキは自分が興味を持った事件や出来事をジャーナリストとして書いて伝えるという道を選んでいますよね。そこに共感する部分はありますか?」
モモコ「そうですね。私も執筆するうえで、取材もけっこう好きなんです。ニキは真実を書き残したい人なのかなと思いました。それとは対照的に、悦子はあんまり語りたがらない。でも、そういう人が語ると、こういう言葉になるんだっていうのはおもしろかった。でも、それをニキはどういうふうに受け止めたんだろう?というのは、個人的には気になりましたね」
奥浜「それは母である悦子を知るための行動なのか、それとも自分を納得させるためなのか…」
モモコ「確かに、ニキ自身が母親の愛を確かめる行動でもあったのかなあと私は思っていて。本当は自分より姉の景子のほうが好きだったんじゃないかとか。ニキはそういう複雑な感情も持っているのかなと感じたので。母が語ることのなかに、自分の存在意義とか、自分への愛を探して、自分を納得させようとしているのかなあと思いました」
奥浜「母の話を聞く、母や景子の持ち物を見るニキのまなざしから感情がにじんでいましたね」
モモコ「そういうニキ目線の見方も、すごくおもしろいなって」
奥浜「作品のどこに光を当てるかによって、印象がけっこう変わりますよね。観るごとに、視点を変えていくと、その都度、光るセリフも変わってくるというか」
モモコ「私もあと何回か観たいと思いました。カズオ・イシグロ作品には、いつも登場人物たちのすごく抑圧された感情を感じていて。本作では、なにより景子の死に対しての悦子の想いですね。後悔だったり、自責の念だったり、いろんな感情があると思うんですけど、1回目に観た時と2回目では、せつなさが全然違うんです。悦子はどういう想いで、こういうふうに語っていたんだろうって…。観れば観るほど、味が濃くなる映画です」
奥浜「観終わったあと、人と話すと白熱しそうな映画でもありますよね。何回か観る時に、どういうところをポイントにしたらいいと思いますか?」
モモコ「カズオ・イシグロ作品は、語り手に信頼性の揺らぎがあるのが特徴のひとつ。最初は悦子に焦点を当てて観る人が多いと思うんですけど、悦子の語っていることを真に受けないでほしいですね。佐知子が『娘はアメリカに行ったら、ムービースターにもなれるかもしれない』と話していたのと同じように、歳を重ねた悦子が『イギリスに行けば、景子はピアニストになれるかもしれない』と言っていたのとか。佐知子の自信家なところが、ニキに過去を語る現在の悦子のなかでも存在しているっていう、そういう共通点を探っていくのが、すごくおもしろいんじゃないかなと思います。回想シーンの中の佐知子と、現在の語り手の悦子。2人の人間性のちょっと似ている部分に気づけたら、私もより早い段階で、『あれ?』とこの映画の仕掛けに気づけたかもしれません」
取材・文/石塚圭子

■衣装協力(モモコグミカンパニー)
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